新生伝説・モーニングナイト
By Syuuhei Kiyama :


<第二話 この世でもっとも危険な天使>


 ――――天使とは神の血を引くもの。もしくは天使の魂を転生他によって引継ぎし存在である。
 だが、もう一つ天使たる存在がある。
 それは『神よりの使命・試練とそれを成すための力を与えられ、現世に舞い戻って来た人間』である――――。

              『分析写本・オルフェウス・インプリケーションズ・レコード(オルフェウスの黙示録)より』

 花園町。日曜の昼。
 だが、日曜だろうが平日だろうが奴等は時を選ばない。
 はぐれ悪魔――――。
 悪魔界と天使界の和睦を認めようとせず、人間界を徒に混乱へと貶める、悪魔族の極右派。
 現在の愛天使たちの任務は、彼らを浄化し、人間界の混乱を最小限に食い止める事。
 今回もまた愛天使たち、ピーチ・リリィ・サルビアは自らの翼を広げ、空を駆けて、はぐれ悪魔を追っていた。
「待ちなさいっ!!」
 ピーチが叫ぶ。だが、それに対して素直に聞く耳を持たぬのもまた、はぐれ悪魔。
 奴のフォルムは、まるで剣を思わせる。
 それもそのはず。奴は花園町に在する、とある美術館が所蔵する中世の剣の一つに封印されていたのだ。
 逃げ続けるはぐれ悪魔に、業を煮やしたピーチはその手首を反して数多い羽の一片を取り出す。そしてそれをはぐれ悪魔に一気に投げつけた!!
「セント・フェザー・インパルスっ!!!」
 はぐれ悪魔にマシンガンのように数多いピーチの羽矢が突き刺さる。
「ぐあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 悲鳴を上げるはぐれ悪魔。その隙にサルビアが奴の前に回り込み、セント・ツイン・ソードを構えて斬りつける。
「―――――――!!!!」
 声にならぬ叫び。それは断末魔の悲鳴か――――。
「今ですわ、ピーチ!!」
 リリィの声にピーチは頷き、自らのチョーカーにある宝玉に手を翳す。そして、心の中でそっと呟く。
(デイジー……力、借りるからね……)
 今、この場にいないもうひとりの愛天使。彼女に心で断りを入れてから自らのチョーカーの宝玉に手を翳す。
 ピーチの宝玉が光り輝く。それと同時に、他の愛天使たちもピーチと同じように自らのチョーカーに手を翳す。
 それぞれのチョーカーの宝玉から、愛天使の力が飛び、ピーチの手の平の中へと集約される。
 そして、最期に――――。
 ピーチのチョーカーから緑色の光が沸き、集約された力の中にそれが加わる。
 自らの瞳をかっと見開き、ピーチは叫ぶ。
「セント・グレネード・クリスタル!!」
 力が形を取り、ピーチのセント・グレネードへと姿を変える。
 セント・グレネードの狙いが、はぐれ悪魔へと定められる――――。
「ハート・インパクト!!」
 セント・グレネードの引き金が引かれた。愛のウェーブの塊が、はぐれ悪魔へと飛んでいく。
『おおおぉぉぉぉぉぉ!!!人よ、剣を捨て、書を持ち、自然に返るのだああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
 光と共に、浄化・消滅するはぐれ悪魔。
 それを見届けた後、愛天使たちは地に降り立ち翼をしまう。
「これで、今回も無事に終ったな」
 ふっと笑って言うサルビア。
「……やはり、デイジーがいなかったのは痛いですわ。多少てこずってしまいました……」
 ぽつりと言うリリィにピーチ。
「だめよ。デイジーは今、重要な任務の真っ最中なんだから。たくろうくんを正体不明の敵から守るって言う、ね」
「そうだぞ。そのためにセレーソ様はピーチに必要な時だけデイジーの力を共有できるようにして下さったのだ」
 サルビアの言葉にリリィは苦笑しながら言う。
「解っています。解っていますけど……。新たなる正体不明の敵。その敵は私たちに理解不能なウェーブを使う……。大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。あいつは愛する者のために戦っているのだから……」
 サルビアの言葉がそっと風に乗る。
 はるか遠い空にいる仲間を想う、愛天使たちの友愛を運ぶかのように。
 だが――――。
 そんな愛天使たちを遠く、ビル工事現場の鉄骨の上に立ち、見つめる影があった。
 影、とは比喩表現ではない。まさしくその姿は影そのもの。
 そのシルエットは誰かに似ている。誰かに――――。
 その後ろでに、また別の影が現れる。
 現れた影は、愛天使たちを見つめている影に囁くように声をかける。
「おい、ヴィー」
 愛天使たちを見つめていたヴィーと呼ばれた影はそっと振り返り尋ねた。
「何だ?レーグ」
 レーグと呼ばれた影はため息をついて言う。
「愛天使たちの始末は、まだつかないのか?それとも、躊躇しているのか?ヴィー。ピーチは……」
「言うな!!」
 ヴィーはレーグの言葉を遮って叫ぶ。
「あいつは、俺を否定した。今更、何を躊躇う事がある?」
 ヴィーはゆっくりと笑った。文字通り『ニヤリ』と。レーグはそんな彼に無表情で尋ねる。
「ならば……何だ?何故に引き伸ばす?」
 その問いに、ヴィーはさも当然と言うように、淡々と答える。
「苦しめてやりたいからさ……。だから、当分ははぐれ悪魔を使ってやる。これから、俺の影をちらつかせてやる……。ピーチがどんな反応を示すか……非常に面白い見物だぜ?」
 その言葉に、レーグは笑いながら言う。
「さすがは悪魔族……」
 そんなレーグに、ヴィーは振り返りながら言う。
「そっちこそ、どうなんだ。『オルフェウスの黙示録・聖の書』は見つかったのか?あの書は2つ揃わねば話にならない。魔の書はすでに我々のマイスターが持ち合わせているが……」
 レーグはふ、と笑って。
「安心しろ。近日中には手に入る。そうすれば……」
「そうすれば、人間界は天使界からも悪魔界からも切り離されて独立・変質し、天使にも悪魔にも手を出せぬ、我々にとっての永遠の理想境(ユートピア)となるわけか……」
「我々を、いや、人間界を待つのは……」
「完全たる滅美(ほろび)だな。そして、最終的には原初の混沌に戻る」
 ヴィーは、満足したように笑う。それに付け加えるように。レーグも詠う。
「混沌は全てを呑み込み、天使界も悪魔界も無くしてしまうだろう」
『そして、それこそが。世界の真に有るべき姿――――』
 最後の言葉は2人共に発せられていた。
 その響きには、あまりにも危険すぎるものが混じって――――。

 聖オルフェウス学園が鎮座する街、岩城市。
 以前も言ったように、山間の台地となっているこの地方学園都市は、言うまでもなく聖オルフェウス学園に入学する生徒たちが在学中に落とす金銭で賄われていると言っても過言ではない。
 一つの学校があるという事は、1つの街にとって豊富な財源が有るか無いかに繋がる事も珍しくはない。それで1つの市が機能している事例も実際数箇所に存在している。事実、学園都市を目指し、あちこちの私立学校法人に学校誘置や引越を迫る事も多々あるのだ。いわゆる、学園の引き抜きである。
 聖オルフェウス学園もまた、岩城市が学校法人聖花園学園に働きかけて作られた学園。
 その岩城市が運営する岩城中央病院に、たくろうは入院している。
 この病院は保険だけでなく、聖オルフェウス学園の学割も効くため、学園の生徒の殆どはこの病院を利用している。

 夜12時。
 なんとなく寝苦しく、たくろうはベッドの上で目を覚ました。
 むくりと起き上がる。
 隣のベッドでは、付き添いのひなぎくがいびきを立てていた。
 この病院では、泊まり込みの付き添いが一人だけ許されている。
 自分のパジャマに手をやる。いつのまにか汗をかき、びっしょりに濡れている。
 たくろうは物音をさせない様に起き上がると、ギプスのはまった足をベッドの外へと垂らすように出す。そしてベッド脇の松葉杖を持ち、ゆっくりと床に降り立つ。
 ギプスとリノリウムの床がかつん……と小さな音を立てる。
 慌ててひなぎくを見たが、少し身じろぎしただけで起きた様子はない。
 たくろうは胸をなで下ろし、先程まで松葉杖を立てかけていた床頭台の引き出しからサイフを取り出してゆっくりとドアから病室の外に出る。
 夜の病院。そこは静寂の異空間。あらゆる存在が跋扈したとしてもおかしくない、静かなる闇が支配する場所。
 たくろうの背筋に、少しだけ寒気が起きる。
 それを感じないふりをしながら、しばし廊下を歩く。
 この階の面会室兼食堂にある自販機の前に立つ。
 財布を開いて、小銭を取り出そうとする。だが、その時。
 たくろうは体に軽いショックを覚えた。何か、得体の知れないものに打たれたような――――。
 振り返るたくろう。
 そこには、一人の精悍な印象を持つ青年が立っていた。
 宙に。実体も無く。
「……幽霊??」
 ぽつりと呟くたくろう。
 青年は、たくろうをじっと見つめる。やがて、幽霊はゆっくりとたくろうに近付いていく。
 横に避けるたくろう。
 青年は―――止まるそぶりを見せず、すぃっとたくろうの横を通り、自販機の中へと突き抜けていく。
 まるで、それがそこに存在もしないかのように。
「…………!!なぜ、見えるんだ!?今までこんなものは……!!」
 たくろうの呟きに答えるように。いや、そんな意図はなかったのだろうが、答えを導き出すように。
 周囲に1つの『空気』が満ちる。
 たくろうが以前『三途の河』で死神と対峙した時に味わった、あの空気が。
 冷たい死の香り―――。
 死神の空気―――。
 自販機の横にある窓へと振りかえるたくろう。
 そこには、見覚えのある紅髪の少女が。窓の外で大鎌の柄に乗り、宙に浮いていた。
 たくろうにとって忘れ得ぬ、ひなぎくに似た少女――――。
 冥天使・ポピィ。
 少女は、ゆっくりと呟く。
「雨野たくろう……試練を届けに来たよ。愛ゆえに律を曲げて蘇生した、その許されぬ罪をあがなうための試練を……」
「あ……あ……」
 たくろうはゆっくりと後ずさる。そして――――。
「うあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 声を限りに。死の恐怖に脅え、叫んだ。
 たくろうの意識は、そこで途切れる――――。

 雷鳴が轟く。
 聖オルフェウス学園に雨が降る。
 学長室。そこの大ガラスから街を一望する、ロマンスグレーの髪を持つシブイ初老の男は後ろにいる影にゆっくりと言う。
「そうか。お前の意図は分かった。ヴィー・マリオン。花園の聖花どもはお前の好きにするがよい」
 影はゆっくりと首を下げ、呟く。
「ありがとうございます」
 そして、彼はその場から文字通り消失する。
 彼のいた場所には、また別の影があった。暗がりで容姿などはよく解らないが――――。
「……行きましたか。人形(マリオネット)は」
「そう。行ったぞ。本体の中にいた時は愛天使の一方的な愛ゆえに封印された者―――あえてそれを受け入れおった、意気地なしの影。そして。愛ゆえにそれを許せず、愛ゆえに愛天使・ウエディングピーチを憎悪するもの」
 初老の男の言葉に、影はにやりと笑う。
「我々は体(うつわ)を作り、与えてやっただけ―――」
 初老の男は、ゆっくりと呟く。
「……愛ゆえに破滅せよ。愛ゆえに滅べ。愛ゆえに消滅せよ。その時―――新たなる時代が始まる。すでに愛によって支配される『双魚宮』の時は過ぎた。新たなる時が訪れる――――。全ては流転し入れ替わる。それは世の律。どのようになろうとも―――」
 男は不敵に笑う。
「愛ゆえに破滅せよ。滅ぼせ、全てを――――。我もまた、愛ゆえの滅びを請う者なり――――」
 その時。カカッと言う稲光が窓の外から部屋の中へと走る。
 部屋の隅には、透明な大きいガラスの筒が鎮座してある。その中に入っているのは、得体の知れぬ液体の中に入った女性の体。
 男はそのガラスの筒に頬を寄せて言う。
「あぁ……我が愛しのガラテアよ、今しばらくの辛抱だ……。すぐにお前を出してあげるよ?そして、永遠の混沌の中で2人、愛ゆえの滅美(ほろび)を詠おう―――」
 愛しているから――――世界が憎い。
 愛する者を奪った世界が――――憎い。
 愛する者と自分を会わせてくれた、この世界を愛していた。今も愛している。
 私は、この世界を愛している。愛しているから、滅ぼすのだ。
 これ以上、世界の醜さを放ってはおけないから、滅ぼすのだ。
 どれだけ愛しても、最後には愛する者を奪う、世の醜さ。神の律。どれだけ愛そうとも、最後には別れに嘆かねばならぬ醜い矛盾。
 だから、滅ぼす。
 愛するゆえに憎く、憎いゆえに愛する。ゆえに―――。

「たくろう……たくろう。目を覚ませ、たくろう」
 声に導かれ、瞳を開く。体を起こして相手を見る。
「ひなぎく……」
「朝っぱらから、食堂でぶっ倒れてたんだぜ。慌ててもとの病室に運ばれたんだ。どうしたんだよ」
 心配そうに尋ねてくるひなぎくに、たくろうは笑みを浮かべて。
「なんでもない。ちょっと気分が悪くなって……」
「医者、呼ぼうか?」
 その言葉に、たくろうは頭を横に振る。
「もう、大丈夫だよ」
「無理すんな。呼んでくるよ」
 そう言って病室の外に出るひなぎく。それと入れ替わりに、看護婦がやって来る。
「調子はどうですか?雨野さん」
 その質問に、たくろう。視線を下に落とし、頷いて言う。
「いえ、大丈夫です。すいません。ご心配をおかけ……し、て……」
 言葉が途切れる。見てしまったのだ。その看護婦の顔を。
 白衣の天使、と言う言葉がある。そういう意味では、その看護婦は見事にキャラクターが合致しているかもしれない。
 だが、たくろうにはそれは悪い冗談にしか見えなかった。
 白衣の天使は癒しの天使。だが、たくろうの目の前にいるのは、他ならぬ『死を司る天使』なのだ。
 先ほど病室を出ていったひなぎく。彼女に良く似た顔。だが、髪が燃えるように紅い。
「な、なんの……冗談で……」
 震えるたくろうの言葉。それに、看護婦は。いや、看護婦の格好をした冥天使は言葉を紡ぐ。
「冗談のつもりはないさ。ただ、患者であるキミに近付くには、看護婦がもっとも自然だってだけ」
「どういった用件で……」
「言わなかったっけ?愛ゆえの許されぬ蘇生。それを贖うための試練。ボクはキミにそれをもたらしにやって来た」
 淡々と紡がれる、感情を見せぬ冷たい言葉。
 現実となる、死の手触りに。たくろうの背筋が氷水をかけられたかのごとくに冷え切る。
「し、試練??」
 疑問の声に、看護婦。
「時が来れば、教えるよ。だけど、試練に際しては条件がある。ボクの正体を含め、試練の内容やその進行状況をキミから愛天使たちに教える事は一切できない。監査者であるボクや『神たる存在』の方々から教えられるのなら別だけどね。それを破れば君には死が、君に手を貸したあの愛天使には、ハーデス様の神罰が待っている。言ったはずだよ?『律を破って戻ったなら、その対価として辛い試練が待つ』と。もっとも───君が情に駆られて条件を侵してくれれば、ボクにとっては好都合だがね」
「…………」
 しばしの沈黙。
 たくろうはじっと看護婦を見つめる。
 思わず、想像もつかない神罰に苦しむひなぎくの姿を思い浮かべて。
 やがてたくろうは、ひとつだけため息をついて言う。
「チャンスを貰えるだけ、あり難いんでしょうね」
 頷く看護婦。満足そうに言う。
「解ってもらえて嬉しいよ」
 その時。廊下からばたばたと音がする。
「先生!!先生!!早く来てくれよ!!」
「そんなに慌てないで下さいよ、解ってますから……」
 そんな慌ただしい声と共に。
 数秒と経たぬうちに、病室にやって来るひなぎくと医者。
 だが、病室に入ったひなぎくの動作が固まる。
 たくろうの横に、自分と同じ顔の人間がいるのだ。固まらない方がおかしいのかもしれない。
「だっ!!誰だよ、お前!!」
 看護婦に詰め寄るひなぎく。だが、看護婦はにっこりと笑うと答える。
「ボク、今日から雨野さんの担当になります、看護婦の『遊部(あそびべ)ひなげし』です。付き添いの方ですね?どうぞ、よろしく」
 そのあっさりとした答えに、ある意味肩透かしを食らわされてしまったかのような気分になるひなぎく。すこし呆然としながらも慌てて返事を返す。
「あ、その……こちらこそ……」
 そうした二人に、医者が言う。
「あぁ、先日から勤務に入っている看護婦って、君だったのか。しかし……似てるねぇ。親戚とかじゃないの?」
 その医者の言葉に、ひなげし。
「ええ。全くの他人なんですけど……。ボクもビックリしてます。世の中には自分に似た人間が3人はいるって言いますけど、ホントなんですねぇ」
 あっけらかんとした口調。それを少し表情を歪めて見るたくろう。
 シーツを握る手に、ぎゅっと力が入る。
 診察は問診と検温で一通り終り、やがて看護婦と医者は連れ立って病室を出て行く。
 それを見送り、たくろうは、まるまる一週間フルタイムで仕事をしまくったような、疲労の色濃い表情でベッドに倒れる。
「た、たくろう??」
 慌てるひなぎく。そんな彼女に、たくろうは必死の思いで笑みを浮かべながら言う。
「大丈夫。大丈夫だよ、ひなぎく」
「だ、だけどよぉ……!!」
 そう言いながら慌ててもう一度医者を呼ぼうとするひなぎく。
「ホントに大丈夫だから。心配しなくてもいいから。だから……」
 彼女の手を握り、必死に引きとめるたくろう。
 ひなぎくは、そんな彼を見て言う。
「あいつか?あの、俺に良く似た看護婦……あいつなんだな?」
 その言葉に、たくろうの表情が凍る。それに構わずにひなぎく。
「あいつ、誰なんだ!?ただの看護婦か?違うだろ??俺の感覚がそうじゃないって言ってるんだ!!たくろう、教えてくれ!!」
 たくろうは、困ったような。泣きそうな顔をしながら無言で首を横に振るのみ。
 彼の頭には、ひなげしが告げた言葉が。あの『それを破れば君には死が、君に手を貸したあの愛天使には、ハーデス様の神罰が待っている』と言う言葉がリフレインを繰り返していた。
(教えれば、僕は死ぬ……それだけじゃない、ひなぎくまで苦しめてしまう。言えない、言えるわけがない!でも……)
 疲労した心の中で、更に続けられる葛藤。
 その必死に悩み続ける表情に、ひなぎく。たくろうの横に付き添い用パイプ椅子を広げ、それに座って。
「たくろう……答えられないのか?」
 静かに言う。それは、自分に秘密にされる事への憤りだろうか?
「俺には、何も言えない事なのか?そんなのって、アリかよっ!!」
 たくろうには、何も言えない。ひなぎくは自分がないがしろにされている、そう考えている事は手に取るように解る。
 だが、何も言えないのだ。たくろうが口を開く時。それは、命を―――。
 たくろうの苦しそうな表情に、ひなぎくはため息をつく。
「解ったよ。もう聞かねぇよ」
 一瞬、たくろうの表情に安堵の色が戻る。だが、それはつかの間の事。
 次にひなぎくの発する言葉に、たくろうの顔が引きつる。
「あの看護婦に尋ねる!!2,3発ぶちのめして、何があったか聞いてやる!!」
「駄目だ!!」
 その声は。本人が意識するよりも大きかった。その大きさに、ひなぎくの目が丸くなる。
 たくろうは必死の思いで言う。
「頼むから、やめてくれ。そんな事をすれば……」
(いくら君だって、無事には済まない。彼女は死神なんだ。天使でさえ抗えぬ『死』を司る『天使』なんだ。お願いだからやめてくれ!!僕だけでなく、君まで死んでしまうかもしれない!!そんなの、僕には耐えられない!!)
 そう言いたい。言いたい。でも、言えない。
(……ひなぎくも、こんな思いをしてたのか?僕は今まで何も聞かなかったけど……でも、こんな苦しい思いを……!!)
「ひなぎく……」
 じっとひなぎくを見つめるたくろう。その顔を、ひなぎくは困ったような表情で見ていた。
「たくろう……」
 自分の知らないところで、何かが動いている。ひなぎくはそれを確かに感じ取っていた。
 だが、それに関わっている自分の恋人は、何も言ってはくれない。
(たくろう……なんで何も言ってくれないんだよ。……もどかしいぜ)
 その考えに。ひなぎく。まるで天啓を受けたように、はっとなる。
(俺が愛天使として今までやって来た中で、たくろうとの約束に遅れたり、途中で抜けたりなんて、ざらだった……。こんな気持ちだったのか?たくろう。もしかして、お前のあの時の気持ちって―――)
 そんなひなぎくに、たくろうは言う。
「ごめん。何も言えないんだ。何も言っちゃいけない。それがルールなんだ。でも、ひなぎく。僕は誰よりも君の事を思ってる。だからこそ、冥界から僕は戻って来れたんだ。ひなぎくも、そのために力を貸してくれたよね。だから……だから、僕はひなぎくを信じてる。だから、ひなぎくも……お願いだから、僕を、信じて。中学の頃の事もあるし、信じるに足る人間だと言いきる事は出来ないかもしれない。だけど、僕は絶対にひなぎくを哀しませたくない!!それだけは、信じて。お願いだから」
 その言葉には、全く淀みが無い。それを紡ぐたくろうの瞳には、ただ真摯な光が浮かぶ。
 ひなぎくはそれを見て。たくろうの両肩に手を置く。
「バッカ……そんな事言われたら……そんな事言われたら、俺、何も言えなくなっちゃうよ……。解った、信じる。信じるよ。俺、お前を信じてる。どんな事があっても、信じるから」
 ひなぎくの言葉。たくろうは、右肩に置かれていた手を握り、瞳に涙を浮かべて言う。
「ありがと……ありがと、ひなぎく……。何も言えないけど、その代わりに、約束する。ひなぎくに助けてもらった命、絶対に無くしたりしない。絶対に悲しい思いなんて、させないから。だから……」
 そんなたくろうにひなぎくは。ぽんと彼の頭に右手を乗せて言う。
「泣いてんなよ、バカ。ホント、相変わらず涙腺ゆるいよな、お前。だけど……ありがとな。俺も約束するよ。前にお前にかばってもらった命、絶対に無くしたりしないって。俺も、絶対にお前に悲しい思いなんてさせない」
 前―――たくろうが一度『死んだ』時の話だ。あわや天使界追放か、さもなくば消滅かと思っていた所に、彼女をかばったのはたくろう。
 互いに見つめあう二人。
 ふ、と、たくろうが呟く。
「前に似たような事……あったっけ?」
「さぁ……でも、あったとしても、今同じ事をしてるんだから、特に気にする事でもないんじゃないか?」
「……だね」
 にこやかに笑うたくろう。ひなぎくもまた、同じような表情を見せる。
 そんな二人のやり取りを、ドアの影から見守る人物がいた。
 看護婦姿。ひなぎくに似た顔。紅い髪。
 ひなげし。いや、冥天使ポピィ。
 ポピィは胸をなで下ろして言う。
「とりあえず、いきなり魂を取るなんてことはしなくて済んだかな……。この辺は、さすが愛天使と言うところ、だろうね。この調子で試練を突破し続けて欲しいものだよ……」
 そこで、たくろうとひなぎくを見ながら、ぽつりと呟く。
「くれぐれも、失望させないでくれよ」
 その時。どさりと何かが落ちる音が、ひなげしの後ろに響く。
 振り向くひなげし。
 そこには、果物かごを取り落とした、髪の長い清楚な女性の姿。
 ひなげしは、女性の名を。いや、その大天使の名をぽつりと呟く。
「セレーソ……」

 病院の屋上。柔らかな日差しの中で一人の看護婦と一人の見舞い客が相対していた。
 ひなげしとさくら。
 言葉の口火を切ったのは、さくらの方だった。
「なぜ……あなたがここに」
「解っているはずだよ。天使界は『知っている』はず」
 フェンス越しに外に向いて、間髪入れずに答えるひなげし。そんな彼女に、さくら。
「よりにもよって、たくろうくんの『試練』の監査者があなただなんて……!!」
「驚く事はないはずだよ?ある程度予想できたんじゃないかな?」
「できるわけないでしょう?監査者についての知らせなんて、一つも受けていないんですもの」
 ある種、何かを諦めているかのような口調。それを意識してか、それとも意識せずにか。ひなげしは続ける。
「そう。だけど、監査者である以上、ボクは役目を果たすのみ」
 その淡々とした言葉に、さくらは叫ぶ。
「監査者である以上、たくろうくんの蘇った理由は知っているのでしょう? だったら……!」
「知っているからこそ容赦できないんだよ。それに足る存在かどうかを測らねばならないんだ」
「そんな……冥界の試練はきびしすぎるわ。しかも、一瞬の心の隙も許されないもの。普通の人間に超えられるわけが無い。わたしたちの。そして人間の有史より、幾多もの人間や天使や悪魔が冥界より現世へと帰ろうとした。でも、そのための試練を越えられたものは存在しない。それは解っているんでしょう?そして、たくろうくんが蘇った理由も。だったら……」
 ひなげしは必死に訴えるさくらに向かって言う。
「……『律』は『律』だ。覆す事はできない。何があっても。容赦する事はできない。愛の力を持ってしても、ね」
「ポピィっ!!」
 さくらの絶叫。その叫びは、ひなげしの背中に当たる。だが、ひなげしは全く動じない。
 さくらは絞り出すように言う。
「あなたも、元は。あなたも、元はアフロディーテ様に仕えていた、愛を司る大天使だったでしょう……?」
「……大天使としての名前を貰う前に、冥天使となったけど?」
「そう言う意味では、私もリモーネも、あなたには。いいえ、あなたたち姉妹には、とても済まない事をしたと思っているわ」
「別に気にする事じゃない。ボクは自分から望んで『死』をはじめとする、あらゆる『不浄』を処理し司る冥天使となったんだ。君たちが気に病む事なんかじゃない。ボクの事なんか、いっそ忘れてくれてもいいくらいだ。妹も、先の天使族と悪魔族の戦いで戦死したと聞いているしね」
 背中を見せるひなげしの表情は伺えない。だが、さくらは悲しそうな瞳をひなげしに向ける。
「そんな。それは……。だけど……」
「もうボクは愛を守護する天使族じゃない。律に従順たる冥天使。そして、例え愛でも律を曲げる事は認められない。何を言っても無駄だよ。愛天使には愛天使の言い分がある事は十分解ってる。だけど、だから世界の『律』を曲げていいと言う論理には絶対にならない。そんな事を下手に許せば、世界は崩壊してしまうんだ。解るだろう?」
 さくらは何も言わない。いや、言えないのだ。
 この事は『神たる存在』である者たちが話し合いをし、そして決定した事柄。ひなげしにそれに逆らう意志が無い以上、どうしようもない。
「平天使でさえ、天使界の大天使と同等の力量を持つ冥天使……。その代表があなたなら、この一件を何とかしてくれると思ったのに……」
「何とかするのはボクじゃない。もし、この事で何とかする事が出来る存在がいるのなら、それは―――試練を受ける者のみだよ」
「解りました。もう、頼みません……」
 さくらの口調が他の天使たちに対するものと同じになる。
 ひなげしはポツリと言う。
「そう言えば、結婚・出産したんですってね。今までそちらは悪魔族の関係で。こちらは仕事が忙しくて、会う機会も無く言えなかったけど、親友として、心から『おめでとう』を言わせてもらいます。それから……あの娘(こ)の事、本当にありがとう。礼を言うわ」
 その口調に、さくらははっとなって言う。
「ポピィ……口調があの頃に戻って……」
「気のせいだよ。ボクは『律』の守護者。『死』を司る冥天使のうちの一人、レッドポピィ。もはや愛天使とは相容れない存在なんだから」
 それを聞いて、さくらは一つお辞儀をする。
「ありがとう。それでは、失礼させて頂きます。どんな形でも、あなたに会えて良かった……」
 その場を去るさくら。
 がしゃ!とフェンスが鳴る。ひなげしがガシリと両手でフェンスを掴んだ音。
 屋上のコンクリートに、水滴がポツリポツリと落ちていく。
 ひなげしの瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていた。

 昨日買い損ねたジュースを求め、再び食堂に立つたくろう。
 食堂の奥にあるテレビ台の前には、じゅうたんが敷いてあり、その前では子供たちがオモチャを持って遊んでいる。
 ひなぎくは大学の方へ単位互換講義の聴講に行っている。
 食堂の自動販売機にコインを入れ、ジュースのスイッチを押す。ジュースの銘柄は『野草配合・元気茶』とある。
 がこん!と言う音が響き、胸の高さより少し低いほどの位置にある、車椅子対応自動販売機の取り出し口にジュースの缶が出て来る。
 取り出すたくろう。プルタブを起こして近くの椅子に座り、ジュースを飲む。
 食堂の机にジュースの缶を置き、頭を抱えるたくろう。その頭の中には試練への不安とそれに対してひなぎくにかけてしまうかもしれない、心労の事。
(……悩んでも、しょうがないか?)
 頭を抱えるのをやめて、顔を上げるたくろう。先ほど自らがジュースを買い求めた販売機に、顔を向ける。
 そこには、病的に青白い顔をした、カチューシャをしたショートボブの女性。
 ふいに、子供たちの遊んでいる方向から、女性に向かって子供向けのゴムボールが飛んでくる。恐らくふざけていたものの、手がすっぽ抜けたのだ。
 慌てて立ち上がるたくろう。
「あぶな……」
 その時。バシィッ……!!と体を突きぬけるように冷ややかなショックが襲う。
 激しい音が響き、ボールが破裂する。
「…………!?」
 絶句するたくろうの視界に。それが見えた。女性の横に立つ、半透明の青年。
(幽霊……?)
 青年の視線が、子供たちの方に向かう。その瞳が、怪しく光る。
 バチッ!!火花を散らすテレビ。慌てて子供たちの前に走るたくろう。だが、間に合わない。
 ボムッ!!と言う音とともに、テレビのブラウン管が爆発する。欠片が周囲に飛び散るが、奇跡的に子供たちに怪我はない。
 食堂に子供たちの泣き声が響く。
 青年の方を見るたくろう。互いの瞳が合った。その時、たくろうの頭の中に、声が響く。
『お前、力を持っている……?』
「!?」
 いきなりの事に、対応できないたくろう。
『俺といづみを引き裂く気か、あの死神のように!!』
 再び、青年の瞳が怪しく光る。
「わっ!!」
 凄まじい圧力がたくろうに襲いかかる。
 たくろうは慌ててそれを払いのけるように、横に手を振る。
 瞬間、パシュ!!と軽い音がして、その力が消え去った。
 その時。足音が聞こえてくる。
『…………ちっ』
 青年は舌打ちをすると、まるで霞のように消え去る。
 それと同時に、食堂に入ってくる看護婦。ひなげしだ。
 ひなげしはため息をつき、言う。
「また、キミか。前原いづみクン。ボクがここに勤務してここ数日の。それ以前から続く不可解なコト。また、キミなんだね」
 少女は青白い顔を向けて言う。
「知りません。私は悪くありません」
 その言葉に、ひなげしはため息をつく。
 ひなげしの横を通りすぎるいづみ。その青白い顔に安らかな笑みを浮かべながら。
 ひなげしはそんな彼女の背を、ずっと見つめ続ける。
 だが、やがてゆっくりと横に首を振ると、その視線をたくろうへと移す。
 いや、正確にはその奥にいる子供たちにか。
 ひなげしの視線の先を見て、たくろうは驚く。
 いつの間にか、子供達を守るように、紅色のオーラが貼られていたのだ。子供たちに怪我が無いのは、これが彼らを守ったため。
 横に手を凪ぐひなげし。その瞬間、オーラが消え去る。
 たくろうはひなげしを見て、呟く。
「君……子供達を守るために?」
「彼らはまだ死ぬべき魂じゃない。だから守った。それだけの話だよ」
 軽く言い放つひなげし。
「ボクは『律』に従順たる死神……それだけさ」

 聖花園学園の第3食堂。
 主に大学・短大の学生が利用する食堂である。
 その一角で、ゆりは深刻な顔をしながらももことスカーレットにこう切り出した。
「最近おかしな事が多くありません?」
 スカーレットは頷く。が、ももこは注文した日替わりA定食を食べながら、あっけらかんと尋ねた。
「何が?」
 その言葉に、スカーレットとゆりはがくりと体勢を崩し、交互に叫んだ。
「はぐれ悪魔たちの封印が解かれるペースが速まっているということですわ!」
「それに正体不明のウェーブと敵だ!」
 するとももこ。定食のスープを混ぜ混ぜ、うーんと唸りながら。
「確かにそうだけど……正体不明の敵に関しては、今はひなぎくに任せるしかないでしょ」
 落ち着いた調子で言う。
「正体不明の敵に狙われているたくろう君は、ひなぎくと一緒に遠い空の下ですわ。相手の動きが解らない以上、迂闊に動くのは危険かと思います」
 同意するゆり。
「む……それは、確かに」
 スカーレットもわざわざ言われなくても解ってはいるのだ。
 それを引き継ぐ形でゆりが言葉を続ける。
「今、私たちが考えねばならないのは、はぐれ悪魔対策。それもこのところ次々に封印が解かれている悪魔たちについてでしょう」
 ゆりの提案。ももこは首を捻りながら。
「うん……このところ、悪魔たちの封印破りの動きが活発だね」
「あからさまに破られているのが目立つな。まるで……」
「私たちが挑発されているみたい、ですわね」
 3人そろって頷き、う〜ん、と唸りを上げる。
 すると、それぞれの足下に置いてある3人の荷物のうち、ももこのトートバッグから、ぬいぐるみのようにも見える一頭身の生命体。
 それがももこを見上げながら、呟く。
「考え過ぎじゃないでちゅか?」
 この言葉を聞いて、ももこ。慌てて下を向いて、唇に人差し指を当て、小さく言う。
「じゃ、じゃ魔ピー! ここで出ちゃ駄目よ。人目が多すぎるし、ディーン君とかに見られたら……」
「う、ご、ごめんなさいでちゅ」
 ついつい謝ってしまうじゃ魔ピー。
 そこでふとももこが顔を上げて何かに気付いたように周囲を見る。
「どうしたのですか?ももこ」
 尋ねるゆり。ももこはきょろきょろしながら。
「あ、うん。いやね、いつもだったらこの辺でディーン君が乱入してスカーレットにぶちのめされるのにって……」
 その言葉にスカーレットは鼻をふんと鳴らして。
「あんなヤツ、来なくていい」
 と、冷たい言葉を放つ。するとももこは少し咎めるように。
「そんな……そりゃあディーン君は多少やりすぎるところもあるけど、その分一生懸命でかわいいんじゃない?」
「あいつのどこをどうつっついたら、そんな言葉が出てくる?」
 剣呑な表情で尋ねるスカーレット。
 ももこは気圧されて、思わず後ずさる。
 少し慌ててなだめるゆり。
 スカーレットは一つ大きなため息をついて、呆れるように呟いていた。
「まったく……いればいるで相当困るが、いなければいないで迷惑な奴だな」
 だがその言葉とは裏腹に、スカーレットの顔には笑みに近いものが浮かんでいた。

 聖花園学園大学・速水エネルギー研究室。
 研究室の主であるリック・速水教授は、学会と研究調査のために数ヶ月は帰ってこない。
 代わりに研究室を管理しているのはゼミの学生たち。
 その中でも、ディーン・バトラーはここを自室代わりに利用していた。
 研究室に掃除機をかけ、資料を一通り整理する。
 資料の束をまとめて───『それ』に気付いた。
 束の一番上に置かれたプリント。
 表題は『ワールド・カンパニー・グループの財務処理について』となっている。
 数年前に謎の失踪を遂げた大富豪、クラーク・オアシス。
 彼が遺した巨大企業体、ワールド・カンパニー。
 その財務処理を担当したのが、ディーンだった。
 当時ディーンは飛び級で米国の大学の経済学部を卒業し、若き経営コンサルタントとしてグループの末端に雇われていた。
 だがある日、その腕を買われてグループ全体の財務処理係に抜擢されたのだ。
 だが、ディーンが抜擢されたのは、ワールド・カンパニー・グループをさらに大きくするためではなかった。
 ディーンが財務処理係に就任した当時、既にオアシス氏は失踪し、グループは空中分解しきっていた。
 その抜擢は、彼にグループの死に水をとらせるためのものだったのだ。
 グループ崩壊の世界経済に対する影響を、最小限の被害で済ませるための抜擢。
 ディーンは死にものぐるいで動いた。
 潰せるところは潰し、生かせるところは極力生かし、グループではなく会社それぞれが単独で活動できるように独立させて。
 オアシス氏の個人資産も、その全てを各会社の存続のための資金に充てた。
 氏の知り合いもぐるりと周り、彼から贈られたものなどがあれば、できれば返してもらえないかと頭を下げた。
 元々はその過程でスカーレットと出会った。スカーレットは、オアシス氏が最後に知り合った人物だったのだ。
 そして数ヶ月前に債務・財務の処理が全て終わり、ディーンは経営コンサルタントをやめた。
 財務処理の際の相当なゴタゴタで肉体・精神ともに疲弊しきっていたのだ。
 そのため、コンサルタント辞任の数ヶ月前から聖花園学園大学へ奨学生として編入し、別の学問も修めようと決意したのである。
 転入がコンサルタント辞任以前の時期と重なってしまったのは、学園側の都合によるものだった。
 そこでまたスカーレットと出会ったのは単なる偶然であったが───。
 ここまで思い起こし、ディーンはその資料の束をシュレッダーにかける。
 もう全て終わったことだ。
 細かくなっていく資料の横で、ディーンはパイプ椅子に座り、大きく伸びをする。
 その時、彼の首にかけているロケットペンダントがちゃり……と揺れた。
 ディーンは蓋にフリージアの花の彫刻をあしらったロケットを手に取り、横の出っ張りを押す。蓋が開き、中から写真が出てきた。
 やはりというか何というか。それはスカーレットのもの。
 だが、正面から撮られたものではなく、横を向いた写真だ。しかも多少、画が荒い。
 明らかに彼女が主役にはなっていない写真から、無理矢理引き延ばしてカットしたものだと解る。
 ディーンはしばらくスカーレットの写真を優しい瞳で見つめていたが、ふと思い直し、写真を軽く押す。
 するとチッという小さな音がして、スカーレットの写真が跳ね上がる。
 要はこのロケット二重蓋になっており、内蓋にスカーレットの写真を入れてあるという寸法のようだ。
 そして開いたロケットの底には、小さな男の子を囲む家族の写真。
 主役の男の子と、姉と、父と母。
 ディーンはしばらく写真を見ていたが、やがて瞳を閉じる。
 すぐに脳裏に思い浮かぶ。あの光景が。できれば思い出したくはないが───。
 水に沈む車。あぶくの中で息絶える家族。必死に幼いディーンを逃がそうとする両親と姉の姿。
(そうだ……俺は、あの時に死んでいたはずだった……)
 この写真はディーンの家族の最後の肖像。
 ディーン一家はこの写真を撮った直後、事故で自動車ごと湖に転落。なぜかディーンだけが奇跡的に助かったのである。
(あの時、俺は死んでいたはず……でも生きてる。覚えているのは、暗く冷たい水の中にいたはずなのに、なぜか暖かかった、あの感覚だけ)
 スカーレットに会った時、その感覚が一瞬、甦ったような気がした。
 そして気がつけば、ディーンはスカーレットに惹かれていたのである。
 ディーンはもう一度、家族の写真を見る。
 写真の下には小さく文字が書かれていた。
 『日本・サルビア高原にて』と───。

 花園町の外れに、今はもう誰も参らない、古びた祠がある。
 雑草と木々に埋もれながら、半分腐りかけ傾いている祠の中には、小さな勾玉が二つ供えられていた。
 その祠の前に、白いフード付きのマントを着た男が立つ。
 フードを目深にかぶった男はぽつりと呟いた。
「そう、次はここだな」
 発される声はヴィー・マリオンのもの。
 ヴィーは呟くと、手を祠にかざす。
「魔風斬(ディム・ブリーディッジ)」
 その途端にすさまじい突風が起こる。
 ただの風ではない。悪魔の持つ憎しみのウェーブの混ざった風だ。
 風が祠に近づくと、バチッ……バチッ……と火花を散らす。
「生意気な。結界か」
 ヴィーは吐き捨てるように言うと、風に込めた力をさらに強める。
 その途端に結界は許容量を超えて崩壊した。
 結界崩壊のエネルギーが爆発となり祠を吹き飛ばす。
 中に納められていた二つの勾玉───白と黒の勾玉が、ヴィーの手に収まる。
 ヴィーは勾玉を、ウェーブを込めた手で握り潰す。
 パキィン……と。澄んだ音がした。
 同時にヴィーの手から二つの邪悪な魂が中空へと解き放たれる。
 ───おお、おおおおおおぉぉ……。
 解放の歓喜が、放たれた魂から聞こえてきた。
 やがて二つの魂は人型をとり、ヴィーを見下ろす。
 二人がとった姿は、小学校低学年くらいの少年と少女の姿。
 少女がヴィーに尋ねた。
「あなたがあたしたちを解放したの?」
 ヴィーは何も言わず、肯定のために首を一つ縦に振った。
 少年はそんなヴィーに胡散くさげな視線を投げおろし。
「何を企んでいるんだ、裏切り者」
 と侮蔑の言葉を投げかけ、そして続けた。
「人間とのハーフであるが故に。同じ裏切り者である父親の意志を継いで、天使たちに荷担したお前が、なぜ俺たちを解放するのか。その真意が知りたいね」
 すると少女の方が少年に言う。
「あら、気付いてないの? この人、もう人間じゃないみたいよ?」
 その言葉に。ヴィーのフードが──正確にはヴィーのフードの下にある、彼の表情が──ぴくりと動いた。
 少年はそれを見て取り、納得したように呟いた。
「そうか、なるほどね……。で? 質問に答えてもらおうか。どのような事情があれ、俺たちにとって、お前は裏切り者だ」
 その言葉にヴィーはふっと笑って答えた。
「絶望したのさ、愛天使に。ピーチに。そして、俺自身と……この世界にな」
「なるほど。しかし、ならなぜ直接愛天使に挑まない?」
 少年の問いにヴィーは笑みを崩さないままで答える。
「俺が表に出てピーチを攻撃し、苦しめるのは簡単だ。だがな、それじゃ面白くねぇんだよ。まさか……まさか、でも……そう思わせといて、最後に俺という絶望を与える。そうすればあいつはより長く強く苦しむだろう? その方が面白い」
 ヴィーの答えに。少年は笑った。
「確かに面白い……いい答えだ。さすがは悪魔族最強の血をひく男だ」
 ヴィーはもう何も答えない。少女は頷きながら言う。
「いいでしょ、ならばこちらも乗りましょう」
 少女の言葉にヴィー。ゆっくりと言う。
「お前らなら、愛天使たちもかなり手こずるだろうな。悪魔族・ハーフス」
「手こずる……? いいえ、あたしたちで皆殺しにできるわよ」
「そうなると、お前の悦しみは半減するな……」
 二人の言葉に、ヴィー。
「そうなれば、そうなっただけのこと。死ぬ寸前のピーチの隣に立ち、俺の顔を見せてとどめを刺せばいいだけのことだ」
「それはそれでウェディングピーチも本望でしょうね。愛する者の手にかかって死ねるのなら」
「まぁ、それで構わないなら、俺は何も言わないさ。好きにやらせてもらうぜ」
 少年が発した返事で。フードの下半分から覗くヴィーの口には、残虐な悪魔の笑みが貼り付いていた───。

 食堂の自販機でコーヒーを買い、プルタブを開けるひなげし。
 たくろうは椅子に座りその様子を見て、ぽつりと呟いた。
「なんだったんだろう、あれは……」
 その疑問にひなげしはあっさりと答える。
「見たままのシロモノだよ。恋人の幽霊とそれにとりつかれている……と言った方がいいかな、そんな娘さ」
 ひなげしの言葉にたくろうは顔をひきつらせて。
「な、何でそんなものが見えるんだよ。前に死にかけてからずっとだよ? なんで……」
 半オクターブ高い、悲鳴のような呟きのような、そんな声にひなげしは何を今更と言うような呆れ声で。
「何を言うかと思えば。君は死にかけたんだよ? 冥界に関わった人間は、時にそれまで潜在的にしか存在しなかった霊的能力が強化され、現実に発露までさせる場合がある」
「そ、そんな事」
「特に君は愛天使の側にいるために、彼女の影響で魂のレベルが引き上げられている。悪魔に取り憑かれた過去まで持っていて、その時にも同様にレベルが少し上がっていたかもね。今までそうならなかった方がおかしかったのかもしれないよ」
 あまりのことに表情が固まるたくろう。
 そんな彼の様子を見ながら、ひなげしはコーヒーを飲み飲み、他人事のようにのたまう。
「臨死体験を経て、霊能者になったってトコロかな? 人間風に言うとね。ま、これからの試練に必要な力かもしれないけど」
「それってどういう……」
 ひなげしの言葉を聞きとがめ、さらに何かを尋ねようとしたたくろう。
 だが、後ろから飛んだ大きな声が、たくろうの言葉を遮った。
「待て、何やってんだっ!」
 同時にたくろうは声の主によって、後ろからかばうように抱きしめられる。
 誰かはすぐに解った。
「ひなぎく」
 声の主の名を呼ぶたくろう。
 ひなぎくはたくろうを心配そうに見ると、体のあちこちをなでて尋ねる。
「大丈夫か? なにもされてないか?」
「う、うん。大丈夫。大丈夫だから、体なで回すのはちょっと……」
 たくろうの返事と、本当にたくろう自身に傷がないのを確認し、ひなぎくはほーっと安堵のため息をついて、きっとひなげしを見つめる。
「お前、何者か知らないけれど……たくろうに何かしたら許さねーぞ」
 ひなげしはひなぎくの苛烈な視線を軽くいなすと、肩を竦めて。
「別にボクは何もしてないし、しないさ」
 言い置いてからその場を離れ、ナースステーションの方向へと足を運ぶ。
 それを後ろから見送るたくろうとひなぎく。
「くっそ、わけのわかんない奴だな」
「僕もますますわからなくなってきたよ」
 二人して頭を抱える。しばし流れる時間。
 そこでひなぎくははっとして周囲を見回す。
 自分の足下に置いてある紙袋に気付くと、それを持ち上げてたくろうに見せる。
「入院中、退屈だろ? お前の部屋からさ、いくつか本、持ってきたぜ。それから、事故の時の身の回りのもの、警察から帰ってきたから、それも引き取ってきた」
 言いながら、紙袋をたくろうに渡す。
 たくろうはそれを受け取ると。
「あ、ごめん。ありがとう」
 言いながら紙袋の中身を確認する。
 ひなぎくは苦笑しながら。
「別にいいぜ。っつーか、謝んなよ」
 言われてたくろう。はっとして。
「あ、ご、ごめん。いつも言われてるのに」
「だから謝るなってば」
「ごめん……あ、あれぇ?」
 困惑のたくろう。ぷっと吹き出すひなぎく。
 それにつられてたくろうも笑う。
 笑いながら紙袋の中身を物色する。
 すると、いくつかある本の中に、題名のない赤い表紙の本を見つける。
 それには見覚えがあった。前に事故った直前に、図書館で見かけた本だ。
 そういえば、この本も確かに借りた覚えがある。
 今まで警察に押収されていたのだろう。
 開いてみる。前に読んだときと同じ内容。ぱらぱらとページをめくる。
「たくろう、何だ、それ?」
 尋ねるひなぎく。たくろうはページをめくりながら。
「あぁ……図書館で見つけた、たぶん民俗学の本だと思うんだけど。面白そうだったから借りてみたんだよ」
「へぇ、何が書いてあるんだ?」
 尋ねられて、たくろうは笑みを浮かべて言う。
「なんでもさぁ、愛を司る戦乙女の天使がいて、愛の女神やその血を引く者のもとに集って戦ってるそうだよ。それぞれに『情熱』『清純』『無邪気』を象徴しててさ、戦乙女に愛された者は、その力を借りて戦うことができるとか何とか……どうしたの、固まって」
「……たくろう、なんでそんな本にそんなこと書かれてるのか、不思議に思わないのか?」
 固まったままで尋ねるひなぎく。焦った調子でさらに言葉を続ける。
「気付けよ、お前らしくないぞ」
 そこまで言われて。たくろうは何かに気付いたような表情を見せる。
 がばっと本を読み出して、数ページをくる。
 次にたくろうが顔を上げたとき。そこには口をぽかんと開けて呆然とした表情が貼り付いていた。
「わ、わかる。今は天使族と悪魔族の戦いの記憶があるから解る。これって、まんまひなぎくたちの事じゃないか!」
 叫ぶたくろう。頷くひなぎく。
「どういうことだろう?」
「俺が解るわけないだろ」
 再び二人そろって頭を抱える。
 どこかに手がかりがないかと再びページをぱらぱらめくるたくろう。
 やがて気付いた。1ページ目が裏表紙に貼り付いていることに。
 ゆっくりと貼り付いているページをはがす。
 はがした1ページ目には、本の表題がかかれてあった。
 それを見て───たくろうの表情がひきつる。
「ど、どうした、たくろう!」
 尋ねるひなぎく。たくろうはゆっくりと本の表題を読み上げた。
「オ……オルフェウス……インプリケーションズ……レコード……。オルフェウスの黙示録……」
 その言葉を聞き、ひなぎくの表情もまた、ひきつる。
 オルフェウス・インプリケーションズ・レコード。
 それは以前たくろうを狙ってやってきた、正体不明の敵が求めてきたもの。
「この本の事だったんだ」
 今更のように納得するたくろう。
「しかし、何で連中はこの本を……」
 当然の疑問を発するひなぎく。
 その時、たくろうは本に何かが挟まっているのを見つけ、それを拾い上げる。
 メモ書きのようだった。しかも中身は全て英語である。
 のぞき込むひなぎく。だがすぐにのけぞってしまう。
「うぁ、俺、英語駄目だぁ」
「どうやら何かのメモのようだけど……えっと」
 いいながらひなぎくの様子を横目で伺う。頷くひなぎく。
 そしてたくろうはメモを読み上げ始めた。
「オルフェウスの黙示録は天使の力を司る『聖の書』と悪魔の力を司る『魔の書』の2つが存在し、それ故に『天使と悪魔の魔導書』と呼ばれている。この存在において重要な事は、この二つの黙示録を一つの場所に揃えて儀式を執り行った時、その存在を贄として恐るべき存在が現れるという言い伝えがあることだ。破壊神と言っても良いその存在の復活だけはさけねばならない。それを許せば世界は破滅する。だが、この書の封印を成せない以上、これは奴───既に『魔の書』を持つ男、マイスターが最も見つけられぬであろう場所に置くくらいしかできない。しかしこれは封印にはなり得ない。いつの日かこれを見つけ、この書に魅入られる者が出てくるだろう。ならばせめて、この書を次に持つ者が、心ある者であることを、またその人物がマイスターを倒してくれることを願い、このメモを遺す─── B.B.」
「マイスター?」
 ひなぎくが声を上げる。頷くたくろう。
「もしかしたら───この間、京介に取り憑いてたのも、この『マイスター』って人の手の者なのかもしれない」
「破壊神の復活と、この世の破滅か……なんか、話がでっかくなってきやがったな」
 手に多少の汗を握るひなぎく。
 たくろうはそんな彼女を見ながらも、再び本を開く。
 もしかしたら、この本にそれを阻止する方法や、ひなぎくの役に立てる術があるのではないか。
 そう思ったからだった。

 ナースステーションへ戻る途中の廊下。ひなげしの足が止まる。
「先輩」
 ひなげしを呼び止める少女の声。先輩、とは言うが、相手はこの病院の看護婦ではない。
 Tシャツ、ジーンズ。ショートボブにした黄色の髪を持つ少女。
 ひなげしは声の方に振り向き、尋ねる。
「どうした? あさぎ」
 あさぎと呼ばれたその少女は、ショートボブを揺らしながら。
「先輩、どうやら『マイスター』が再び動き出したようです。学園の方で不可視のウェーブが高まりつつあります」
「解ってるよ。オルフェウスの黙示録が図書館の結界より出されたからね。その時点で遅かれ早かれそうなるだろうと思ってた」
 憂いの響きをもって呟かれる言葉に、あさぎは歯噛みして。
「よりにもよって、こんな忙しい時に……!」
「言っても仕方ない。連中はこれこそを好機と思い、必死になるだろう」
「同時にはぐれ悪魔どもの動きも気になります。どうやら『マイスター』は、はぐれ悪魔どもを自らの配下として、動いているようですから」
「そうか……やはり、愛天使たちを巻き込むのは、避け得ないか」
 大きくため息をつくひなげし。ここからは見えないたくろうたちがいる方向を見つめる。
「あの結界から黙示録を持ち出したのが彼だったのも、ある意味では運命の必然だったのかもしれないね」
 本意ではなかったけど、と、付け足すように小さく呟く。
 あさぎもまた、小さなため息をついて頭を振り振り言った。
「困りました。今の……冥天使としてのあたしの姿、できることなら見られたくないのに……」
 憂鬱な表情を見せるあさぎ。ひなげしはあさぎの肩にぽんと両手を置いて、しっかりと言う。
「駄目だよ、そんな事を言ってちゃ。ボクらは確かに光と闇のバランスを司り、死の不浄を管理する冥天使。人々に死神と呼ばれ、同じ天使族であるはずの天使界の平天使たちにも恐れられ、蔑まれる。悪魔族でもボクらを恐れるんだ。誰からも好かれるようなことはない。だけど、ね。こんな仕事でも誰かがやらないと、この世界が崩壊してしまうんだ。だからこそボクらは冥天使であることを誇りに思い、どんな時でも前を向いて、役目をはたさなきゃいけない」
 ひなげしの言葉に、力強く頷くあさぎ。
「解ってます。解ってますとも。自らに課せられた役目を果たし、世のバランスを保つ。それこそが私たちの誇りですものね。でも、あたしの事よりも先輩の方が心配ですよ……たくろうくん、でしたっけ? あの彼の隣にいる、あの娘。あれって、先輩の」
「あさぎ」
 鋭い、有無を言わせぬ口調。あさぎの声が止まる。
 あさぎははっとして口を押さえ、謝った。
「すいません……でも、先輩のお気持ち、察するにあまりあります。あたしも天使界にいた頃、妹が」
「いいから」
「はい」
 残念そうに呟くあさぎは、ゆっくりと右手の拳を胸にやる。
 同時に彼女の服装が黒いヴェールとマントの姿に変わり、いつの間にかその手には死神の大鎌が握られていた。
 そしてあさぎはしっかりと言う。
「では、先輩……『マイスター』の事は、この詠部あさぎともう一人にお任せください」
「もう一人……彼だね。もと悪魔族の」
「はい。さすが、もと悪魔族だけに、はぐれ悪魔などの存在に化けるのはお手のもの……きっと成果を上げてくれます」
 それを聞き、ひなげしは笑みを浮かべて。
「うん、それなら安心だよ。君も彼も優秀だからね」
「ありがとうございます。それじゃ、あたしは学園に戻りますので」
 言うと同時にあさぎの姿が廊下からかき消える。
 ひなげしはそれを見送ると、再び足をナースステーションの方へと向けるのだった。
 
 一通りの講義も終わり、ももこ・ゆり・スカーレットの3人は、いったん食堂で待ち合わせしてから帰途についた。
 通い慣れている大通りの歩道を歩きながら、3人ともに、話を続ける。
「やはり、わたくしが思いますには、はぐれ悪魔たちを指揮している者が存在しているのではないでしょうか」
「確かにそう考えれば、このところの悪魔どもの行動の活発化も、頷けるものはあるが」
 ゆりの考えに納得するスカーレット。
 するとももこが首を傾げながら。
「でも……と、すると誰が?」
 今まで出会った悪魔族の中で、思い浮かぶ顔を上げてみる。
 悪魔界と天使界の相互不可侵条約に反発している悪魔族。しかもももこたちが浄化しきれていない者。
 その上でなおかつ、地上に残っているはぐれ悪魔たちを統率できそうな者。
 真っ先に浮かぶ顔があった……が、同時にンなバカなというような思いも浮かぶ。
 ももこはその悪魔の名前をぽつりと言ってみた。
「もしかして、ベルフェゴール……とか?」
「まさか、ありえませんわ」
「あぁ。あいつはドクターなどと名乗っているが、はっきり言って……バカだ」
 すかさず否定するゆりとスカーレット。
 ドクター・ベルフェゴール。
 愛天使たちの上司の一人であるリモーネとのバトルに執着し、それが狙いで地上にパニックを起こす悪魔族である。
 これまで数え切れないほど愛天使の前に現れながら、しぶとく浄化されていない。
 と、言うのも。パニックを起こす際に、自らは決して手を出さず、自分が作り上げた使い魔にそれをやらす。
 愛天使が出てきたら、自分もしゃしゃり出て、自らの秘術と使い魔の力で愛天使たちをピンチに陥れる。
 そこでリモーネ登場! するとベルフェゴールはせっかくあと少しで始末できるはずの愛天使を使い魔に任せ、リモーネとのバトルに熱中してしまう。
 その間に愛天使たちは、使い魔を浄化。リモーネに手を貸そうとやってくる。それを見て取ったとたんに、ベルフェゴールは「おのれ、愛天使ども!」とひょうきんに逃げてしまうのだ。
 はっきり言って、これが一連のルーチンワークと化してしまっている。
 逃げ方があまりにも巧みなので、ついつい逃がしてしまうのだ。
 愛天使たちにしても、リモーネにしても、いい加減に決着をつけたい相手──っつーか、決着つきまくりなのだが──である。
 しかもリモーネはせっかく柳葉和也として休養を取っていたのに、こいつのせいで覚醒せざるをえなくなってしまった。
 きっぱりと安眠妨害。ますます、めーわくな話である。
 もしも彼が天使族と悪魔族との戦の時に来ていれば、いい加減業を煮やした悪魔族の長であるレインデビラあたりに「何をやっとるか!」と消滅の渦あたりに放り込まれているのだろうが、いかんせん天使界と悪魔界の間で不可侵条約が結ばれている今の状態の彼は、この戦いを趣味同然でやっているようなもの。天使界も悪魔界も、この条約のために人間界に手出しは出せない。つまり、人間界にいる悪魔族は「暴れた者勝ち」と言うとことんはた迷惑な状況が生まれている。つまり彼を縛る存在は無いのである。
 なぜか最近はあんまり見なくなったし、実際のところ奴はとことんどこか抜けている悪魔なのだが───それでも、この戦いにおけるももこたちの頭痛のタネではあった。
 それはともかく。
 現在のはぐれ悪魔を取り巻く状況に、首を傾げて頭を悩ますももこたち。
 そんな彼女たちの前から、ランドセルを背負った小学生くらいの男の子と女の子が、仲むつまじくやってくる。
 ももこたちは、いったん思考を止めて、2人の様子をほほえましく見つめる。
 その視線に気付いたか。小学生2人がももこたちの前にやってくる。
 そして2人はももこたちを見て、にっと笑った。同時に2人から凄まじい悪魔族独特の憎悪のウェーブが吹き出る!
「なっ?」
 いきなりの事に対処しきれないももこたち。だが、彼女たち自身に備わっている天使族としてのウェーブ耐性が、自分たちを取り巻こうとしていた憎悪のウェーブをそれぞれにはじき返す。
 だが───大通りを歩いていた、他の人たちはどうか。
 その場にいた人々全員が、2人から出た憎悪のウェーブを浴びて、そのまま気絶する。
 中には車やバイクを運転している人もいた。ブレーキ音やクラクションがまず一斉に、それから絶えず響き、さらに衝突音が雪だるま式に増えていく。
 大惨事───その言葉がぴったりくるだろう。それが一瞬にして作り出されてしまった。
 全てが終わったとき、その場に立っているのは少年少女とももこたちだけ。
「悪魔族か!」
 叫ぶサルビア。一歩引いて構えるももこたち。
 ももこのトートからじゃ魔ピーが出てきて、少年と少女を見かけざまに叫ぶ。
「あ、あれは悪魔族・ハーフスです! 気をつけてください、あいつは」
「うるさい」
 少年の小さな呟きとともに、衝撃波がじゃ魔ピーだけを撃つ。
「ぎゃんっ!」
 吹っ飛ぶじゃ魔ピー。そのまま気絶する。
「な、何て事をっ!」
 慌てて気を失ったじゃ魔ピーを抱き上げて、少年少女を見据えるももこ。
 すると少女がにっこりと笑って言った。
「そういうあなた達は……あの愛のウェーブ、もしかして!」
 そしてシリアスな表情で一気に叫ぶ。
「モ△ダイバーね! しかも2号!」
 そこで一気にコケるももことスカーレット。
 しかしゆりだけは違った反応を見せる。
「くっ……惜しいところをつきますわね」
 渋面を作ってゆっくりと呟いた。
「ちょっと、ゆり! 何が惜しいのよ!」
「そうだ! 何を考えてる!」
 ゆりのボケにツッコむももことスカーレット。
 そんな二人の言葉に呼応するように、今度は少年の方がうんうんと頷いて言う。
「そうだよ。駄目だぜ、間違えちゃ。この人たちは───」
 言いながら少年は、ぐっと拳を握りしめて叫んだ。
「楽勝! ハイ○ー・ドールに決まってるじゃないか!」
『もっと違ううううぅぅぅぅぅっ!』
 ハモりツッコみのももこ&スカーレット。
 次に少女が間髪入れず。
「え、これも違うの? えっと……そっか、プ×キュアのキュ×ホワイトっ!」
 もはや、ツッコみ疲れたか、ももことスカーレット。絶句しかできない。
 だがゆりだけは、ますます難しい顔をして叫ぶ。
「ううっ! ますます惜しいですわ!」
 再びずっこけるももことスカーレット。すかさず起き上がって絶叫する。
「違う! 違うぞ、ゆり! よりにもよって……!」
「そうよ! 人数やコスチュームからしても違うじゃないっ!」
 迫力ある2人の抗議。ゆりは後ずさりながら。
「も、申し訳ありません。どうも自分の事を言われてしまったような錯覚に……」
「なんでそうなるかなー」
 呆れたようなももこの言葉。
 スカーレットは一つため息をつき、それでも気分を取り直して、叫んだ。
「もうそれはいいから! 変身だ!」
「ええ!」
「うん!」
 スカーレットの呼びかけに同意するゆりとももこ。
 そして一気に変身のためのキーワードを唱える!
「ウェディング・ビューティフル・フラワー!!」
 ももこから、愛天使ウェディング・ピーチへ。
「ウェディング・グレイシフル・フラワー!!」
 ゆりから、愛天使エンジェル・リリィへ。
「ウェディング・エクセレント・フラワー!!」
 スカーレットから、愛天使エンジェル・サルビアへ。
 それぞれ、ウェディングドレス姿のエンジェル・モードへ一度変身。
 そのまま流れるようにファイター・モードへ。
 愛天使見参!
 そしてチャペルの音がどこからか高らかに鳴り響く。
「季節の変わり目、秋寒くそれでも人々がせわしなく動くこの良き日に。憎悪のウェーブをばらまいて、人々を襲い街に大惨事を引き起し、あまつさえっ! 人違いにしても、他のアニメの主人公たちと間違えるなんて許せない!」
 ももこの、いや、愛天使ウェディング・ピーチの高らかなる口上。
 ポーズを取って、一気に口上を締めてキメをとる。
「愛天使ウェディング・ピーチは───とってもご機嫌、ななめだわっ!」
 それを聞いて、男の子がぱちりと指を鳴らす。
 すると気絶していた人々が、ゆっくりと起きあがり、ピーチたちの方へとまるでゾンビの如く迫ってくる。
 状況を見て取り、背中合わせで陣形を取るピーチたち。
 男の子と女の子は宙に浮き、ゆっくりかつはっきりと言う。
「俺たちは、悪魔族」
「あたしたちの名は、ハーフス」
「俺はメール・ハーフス」
「あたしはフィメール・ハーフス」
 ここまで言って。ハーフスたちの声がハモる。
『愛天使、覚悟!』
 操られている人々が、一気に襲いかかる!
 するとリリィは太股のリングにある宝玉に手をかざし、その光より武器を取り出す。
「清純と、いわれしリリィの花言葉。咲かせて愛を、授けます! セント・スパイラル・ウィップ!!」
 ほとばしる光が長き鞭に変わり、近づいてくる人々をなぎ倒す!
 倒れた人たちは憎悪のウェーブが消え失せ、ハーフスの支配から逃れて気絶する。
「ここはわたくしに任せて、ピーチとサルビアはあの子たちを!」
「わかった!」
「任せろ!」
 先に行けと促すリリィに頷くピーチとサルビア。
 特にサルビアの行動は素早かった。
 一気に翼を広げ、上空へと駆け上がると、腰の部分にあるガードに手をかざす。
 ガードは激しい雷光を放ち、それはサルビアの両手へと収束され、集った光は二振の剣となる!
「闇に埋もれし悪魔ども、汚れた魂を消し去ってくれる!!セント・ツイン・ソード!!」
 その時。メール・ハーフスがフィメール・ハーフスをかばう。
 サルビアの刃は、メール・ハーフスの体に十字の傷を作り、そして通り過ぎる。
 ハーフスたちの方を振り向くサルビア。
 フィメール・ハーフスとメール・ハーフスがサルビアの方を向く。
 そして。フィメール・ハーフスがにっこりと笑って。
「まさか……それでこっちがダメージを受けたと思わないよね?」
「何?」
 そして───サルビアは見た。
 メール・ハーフスの体にできた、セント・ツイン・ソードの傷が、あっと言う間に塞がっていくのを。
「治癒回復能力を持つのか!」
 ソードを構え直すサルビア。次の瞬間。
「セント・フェザー・インパルス!」
 ピーチが羽根手裏剣を雨霰のようにハーフスたちに浴びせた。
 今度はメール・ハーフスをフィメール・ハーフスがかばう。
 だが、結果は同じ。フィメール・ハーフスにできた傷は再び塞がり、そして彼らは不敵に笑う。
「無駄だ。俺たちは、不死身だよ」
 
 聖花園学園大学のグラウンド。
 風摩ようすけと柳葉和也の二人が、サッカーボールの入っているカゴを持って、所定のフィールドへと歩いていた。
「すいません、柳葉センパイ。引退されたのに、準備にかり出しちゃって」
「何、気にするな、ようすけ。こっちも、ちょうど研究の息抜きがしたかったところだったからな」
 そんなことを言いながら、カゴをフィールドのコートの脇へと置く。
「よっし、終了っと!」
 ぱんぱんと両手を打つようすけ。
 すると和也。何かに気付いたように、はっとした表情でようすけに向き直って。
「すまん、ようすけ! 用を思い出した。ちょっと抜けるぞ」
「あ、はい。解りました。準備も終わってますし、こちらは構いませんよ」
 頷くようすけ。すまんと重ねて謝りながら、走り出す和也。
 やがて和也は人通りの無い場所までたどり着く。
 走りながら、心の中のスイッチを入れる和也。
 すると和也の足下に光が走り、それはリングとなって和也を囲む。
 リングは足下から頭上へと移動していく。リングが発する光を浴び、和也は大天使・リモーネへと変わる。
 リモーネは飛び上がり、遙かな空へと去っていく。
 その様子を───聖花園学園の屋上から、折り畳み式の双眼鏡で見ていた人間がいた。
 ディーン・バトラーその人である。
 ディーンは双眼鏡を畳むとポケットに入れ、屋上に置いてある、3メートル近くの高さがあるモノへ近づく。
 それを『モノ』と形容したのは、それがビニールシートで覆われていて、中身がいったい何か全く伺えないからだ。
 ディーンはそれに手をかけると、ゆっくりと呟いた。
「さぁ、本格運用を始めるか」

 和也が去った後のグラウンド。
 ようすけは言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。
 ちょうど和也が用があると言い出したときから、それを感じてはいた。
 最初は気のせいだと思っていたのだが、無性に気になる。
 大学サッカー部の同僚たちが、ぞろぞろやって来るのが見える。
 ようすけは同僚たちが来るのを待ち、和也と同じように「用があるから、少し出る」と言い置き、グラウンドから出る。
 校舎裏の車庫から、自分のバイクを持ってきて道に。
 周囲を見回すようすけ。和也がどっちの方向に行ったのかはわからない。
「……どうする」
 再び首をぐるり回し、周囲を見渡す。
「よし」
 ようすけは一つ頷くと、ある方向へ向かってバイクを走らせる。
 大した根拠はない。ただの感だ。
 いや、無意識的にあることを考えて、その方向を選んだのかもしれない。
 それは───いつも、ももこたちが帰途につくときに使う道だった。

 戦いの現場まである程度近づいたところで、リモーネは見えぬ壁に阻まれた。
「……! 結界か?」
 壁を破ろうと、中空から剣を取り出して、愛のウェーブを込める。
 一気にウェーブが込められた剣を、結界の壁へと打ち据える。
 ひゅぎぃん……! と、鈍い音がした。
 剣が跳ね返された音。結界は当然、破られていない。
「これは!」
 この感覚には、覚えがあった。
 以前、たくろうがその命を狙われたとき。
 その時に現れた正体不明の敵が、この結界と同じ質のバリアーを使っていた。
「あの敵が、また現れたというのか……? いかん!」
 焦るリモーネ。この敵は正体不明かつ、愛天使たちには知覚不可能なウェーブを使う。
 再び力を込め、結界を破ろうとするリモーネ。
 すると、横から声が飛んだ。
「駄目駄目、無理だ。愛のウェーブでは、この結界を破るには時間がかかりすぎる」
 声の方を見るリモーネ。彼にしては珍しく、思わず口をあんぐりと開けてしまう。
 その声の主は、非常に奇抜な格好をしていた。
 タイヤが地面と平行に寝ている、中空に浮くバイク、と呼べばいいだろうか。
 そんなワケのわからない乗り物に乗ったその声の主もまた、奇抜な格好をしている。
 一目見た印象は、よくある西洋鎧を着ている──といった感じ。ただし、首から下の胴体だけ。
 首から上は、びっちりとしたバイザー付きフルフェイス・ヘルメットをかぶっているように見えないでもない。
 ヘルメットの額にあたる部分には、赤い宝玉が埋め込まれてあり、そこから羽毛が触覚のようにふさふさとあしらわれてある。
 そして、おそらくは身体を守るためであろうそれらの装備は、全て赤色で染まり、体の線に沿って黄色のラインが入っていた。
 ヘルメットの黒いバイザーの奥から覗くのは、ラインと同じ大きな黄色の瞳。いや、ライトセンサーか。
 ちょっとその手の話に詳しい者がいたら、おそらくは「メタルヒーローか? ライダーか?」とつっこむかもしれない、そんな格好だ。
「何者だ……?」
 尋ねるリモーネ。
 すると、鎧の人物は少しうつむいた。きゅい、と言う機械音が響く。
 しばらく悩んでいるようだった。が、鎧の人物は再び顔を上げると。
「自らの世界の未来を、自らの手で切り開きたいと思う者──今は、それだけだ」
 そして鎧の人物は、結界の壁の前までバイクもどきを近づけると、拳を握りしめて構える。
 すると、ひゅいいいいぃぃぃぃぃぃぃんんんん……と言う、怪しいタービン的な音が周囲に響いた。
 この音がどんどん高くなっていき、やがてこれ以上は聞こえないというところまでになった時。
 鎧の人物は、その拳を結界のバリアーへと打ち下ろす。
 がぎいいぃぃぃぃん! と言う、大きな音が響いた。同時にバリアーは微妙な歪んだ反射を返し出す。
 バリアーそのものは完全な不可視で反射さえ返さないはずなのに。
「解析終了! もう、一丁!」
 鎧の人物は叫ぶと、先ほど打ち下ろしたのとは逆の手を、バリアーへとたたきつける。
 刹那───! ぱりいいいいぃぃぃぃぃぃぃん! と言う音とともに、バリアーが粉々になって崩れ落ちていく。
「おお……」
 思わず歓声を上げるリモーネ。
 鎧の人物は一つ頷くと。
「さぁ、行こう。愛天使たちを助けに。ぼやぼやしていると、すぐに塞がってしまう」
 そう言ってリモーネを促した。
 リモーネは頷き、バリアーにできた穴をくぐる。
 鎧の人物も、後に続く。
 愛天使たちのもとへと急ぐために。

 ハーフスたちはサルビアとピーチの方へ手を向け、ゆっくりと言った。
「では……」
「こういうのはどうかな?」
 瞬間、ハーフスたちの手から何かが飛び出す。
 それはピーチのフェザーによく似た羽。
 羽は十重二十重にもなって、ピーチとサルビアに襲いかかる。
「セント・フェザー・インパルス!」
 ピーチはインパルスを使い、ハーフスたちから繰り出された羽を叩き落とす。
 が、サルビアの方は羽の量が多い上に一瞬だけ対応が遅れ、ハーフスたちの攻撃をツイン・ソードで捌ききれる状態にない。
「しまった!」
 思わず声を上げるサルビア。
 その間に、ハーフスたちの羽がサルビアへと襲いかかる。
 サルビアは思わず身構え、両腕を前に出して体をかばおうとする。
 相手の攻撃が来るのを覚悟して、サルビアは思わず目を閉じた。

「セント・スパイラル・ウィップ!」
 鞭で悪魔のウェーブに取りつかれている人々を、次々になぎ倒していくリリィ。
 だが、数が多すぎる。
 人々を浄化していく度に、さらに多くの人々がやってくる、その繰り返し。
 リリィはウィップをぎゅっと握りしめ、再び振りかざす。
 が、その手首を誰かが握った。振り返るゆり。
 そこには悪魔のウェーブに洗脳された通行人が。
「迂闊! 油断しましたわ!」
 振れないウィップ。通行人はリリィの手を後ろへと押さえつける。
 リリィの腕に痛みが走る。思わず悲鳴を上げるリリィ。
「ああああぁぁぁぁっ!」
 その時。どこからかいくつかの光の輪が飛んでくる。
 輪はリリィを押さえつけていた通行人を弾き飛ばし、また周囲にいる人々をもなぎ倒し、浄化していく。
「こ、これは」
 まだ痛む腕をさすりながら、輪がやってきた方向、上空を見る。
 リリィの瞳が輝いた。輪を放った主を見て。
 そして、リリィは思わず光の輪を放った彼の名を呼んでいた。
「リモーネ様っ!」
 そう。中空にリモーネが浮かんでいた。
 リモーネはリリィの横に降り立つと、洗脳されている人々を見てゆっくりと呟いていた。
「数が多いな。それに悪魔のウェーブの力が、ふつうの洗脳よりも強い」
「はい」
 頷くリリィ。その顔には緊張感。
 だが、リモーネはリリィに、にっこりと頷くと言う。
「だが大丈夫だ。私と君がいれば、これほどの数などどうという事は無い」
「はい! 素早く片づけて、ピーチの援護に!」
「ゆくぞ!」
 叫んで人々の中に突っ込むリモーネ。リリィはその後を急いで追う。
 愛しき人とともに戦い、友を守るために。

 ギギギギギギギギギィン!
 瞳を閉じた暗闇の中から、耳障りな金属音が鳴り響く。
 サルビアは恐る恐る、構えていた手を解き、瞳をゆっくりと開いた。
 その時に彼女が見たのは、黄色く広い鎧の背中。
 鎧の人物はモーター的な機械音を立てながら、うぃん、きゅいとサルビアの方に振り向く。
 一目見て、滑稽な格好だと思った。鎧フォルムでありながら、首から上は怪しい宝玉と羽毛が埋め込まれたフルフェイスヘルメット。
 おかしいと思わない方がおかしいだろう。
 だが、そう思うと同時に、この人物が自分を救ったのだと気付く。
「お前は……」
 何者だ。そう問おうとした。だが、それを言う前に、ピーチから言葉が飛ぶ。
「あ、あなたは……?」
 リモーネの後に続きながら、洗脳された人々を捌いていたリリィからも問いが発せられる。
「誰なのですか……?」
 さらには。ハーフスたちからも。
『天使でも、悪魔でもない……ただの人間であるはずなのに、我々の邪魔をするとは……貴様、何者!?』
 その言葉に。鎧の人物は両手を腰溜めにし、ゆっくりと構えを取り、ハーフスをびしっと指さして言った。
「俺が何者でも、お前たちには関係あるまい。それよりも、そこの悪魔。貴様に尋ねたいことがある」
 指名されたハーフスたちは「何だ」と言いながら、鎧の人物をじっと見据える。
 鎧の人物はくぃん、きゅいんと首を数度横に振るように動かし、そしてハーフスに視線を返して言った。
「貴様……まさか『マイスター』の手の者か」
「何の事だ」
 すかさず発される、メール・ハーフスの言葉。
 その様子に、鎧の人物は再び数度首を振る。その度に響く機械音。
 とてももの悲しそうに動く鎧の人物は、やがてくぃっと視線をハーフスたちの元に向けて。
「どうやら貴様も、わけも解らずに『マイスター』によって巻き込まれたはぐれ悪魔のようだな」
 この言葉と同時に、ひゅいいいぃぃぃぃぃんんん…………と、先ほど結界を破ったときと同じような、怪しいタービン音が響く。
 タービン音が聞こえるのは、鎧の人物から。
 きゅんと首を上げる鎧の人物。そして叫ぶ。
「ストリングス・チェイサー!」
 鎧の人物の叫びに呼応し、彼が乗っていた宙を舞うバイク──と、便宜上言わせてもらうが───が空の彼方からやってくる。
 きゅい、と足を曲げて腰を落とし、そしてジャンプする鎧の人物。
 彼の呼んだバイク『ストリングス・チェイサー』に飛び乗り、一気に上空、ハーフスたちの上へと駆け上る。
 チェイサーの上に立ち上がり、鎧の人物はゆっくりという。
「はぐれ悪魔どもに名乗る名は無い。だが、先ほどの天使たちの問いには答えよう。俺の名は───」
 そこで言葉を着る鎧の人物。だが、次の瞬間。ハーフスたちを、さらにはその周りにいる愛天使たちをじっと見据え、見得を切るように叫ぶ。
「波動機甲 サンライザー!」
 鎧の人物の。いや、サンライザーの名乗りに、愛天使たちは思わず呟く。
 まずはピーチ。
「サン?」
 次はリリィ。思わず立ち止まって。
「ライ……?」
 最後はサルビア。
「ザー!?」
 そして、リモーネもサンライザーの名乗りを聞き、ぽつりと呟く。
「波動機甲……?」
 するとサンライザー。大きく頷き。
「そうだ。波動機甲。ある人間が『悪魔族』並びに、俺が追い続けている敵の手先たる『パーフェクター』に対抗するために創り上げた、対ウェーブ防御攻撃ユニット。それが波動機甲『ウェイブド・アーマード・システム』──通称・WAS(ワズ)。その装着者が俺だ。行くぞ、悪魔族・ハーフス!」
 叫ぶとチェイサーから「とう!」と言うかけ声とともに宙を浮くチェイサーから飛び上がる。
 サンライザーのバイザーに様々な表示が浮かび、やがて最後に『Analyses-Complete』の表示が浮かぶ。
 耳障りなタービン音がさらに強まり、サンライザーの瞳とボディが黄金色の淡い輝きを帯び出す。
 右足を突き出すサンライザー。跳び蹴りの体制を取り、一気に叫ぶ。
「ルゥアアアァァァァイジィィィィィィィング・キイイイイイィィィィィック!」
 ライジング・キック。
 それはウェイブド・アーマード・システムにより調整された特殊ウェーブを臨界寸前まで発しながらの跳び蹴り。
 迫り来るサンライザーを、しかしハーフスたちは鼻で笑った。
「ふん、所詮人間ごときがサル真似に作ったもの」
「そんな醜い紛い物で、我ら悪魔族が倒れるわけがないわ」
 ハーフスたちが言ったことは、愛天使たちも感じていた。
 サルビアが叫ぶ。
「よ、よせ!ただの人間がそんな鎧をつけた程度で、悪魔族に適うわけがない!」
 それを聞いてサンライザー。サルビアの方に顔を向ける。
 表情は伺えない。だがサルビアには、彼が静かに笑ったように見えた。
 まるで───まぁ、見てなよ。そう言っているように。
 光り輝くサンライザーは、そのままハーフスの横を素通りする。
 その場にいる全員が、まるで肩すかしを食ったかのような表情を見せた。
「……やはり、人間が作ったものか」
 リモーネが呆れたように呟く。
 だが、それと正反対の表情を見せた者がいた。
 ハーフスたちである。
 サンライザーは初めからハーフスたちを狙ってはいなかった。彼らの影を狙っていた。
 彼らの影は、光の角度からすれば全くあり得ない位置の地面に、一つだけ黒く映っていたのだ。
『しまったああああぁぁぁぁぁぁぁ!』
 ハモって響く、ハーフスたちの動揺と驚愕。
 ライジング・キックが鋭く影へと突き刺さる!
 そしてライジング・キックから、サンライザーが発する黄金色の波動が影から空間を渡り、ハーフスへと届く。
『うがああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
 苦悶の表情を浮かべるハーフスたち。
 サンライザーから光が消える。同時に彼はハーフスの影から飛び上がり、少し遠くの地面へと着地する。
 同時にハーフスたちは、体から煙を上げて地面へと落下する。
 それを見て、リリィは目を丸くしながら叫んだ。
「わ、解りましたわ!」
 サルビアも頷いて言った。
「そうか、奴の本体は『影』か! そして実体の方が実は影だったんだな!」
 同時に気を失っていたじゃ魔ピーが、意識を取り戻してピーチの方にふわふわ近づき。
「ピ、ピーチちゃま……気をつけてください、あいつは実体をいくら攻撃しても無駄です。あいつは影を攻撃しないと、ダメージを受けないんです」
 頷くピーチ。この言葉に、愛天使たちの考えは確信に変わった。
 一方で煙を上げるハーフスたち。起き上がりながらサンライザーを睨み付け、叫ぶ。
「貴、貴様……!」
「何者だ……っ!」
 すると、サンライザー。ハーフスたちに向かって。
「お前たちの言うとおりさ。俺は───」
 そして叫んだ。
「ただの人間だ!」
 ハーフスたちの表情が、屈辱と苦悶に歪む。
 一瞬とはいえ、ただの。本当にただの人間にしてやられたことが、彼らにとっては最大の屈辱となっていた。
『くっ、おのれ……』
 ハーフスたちから、さらなる憎悪のウェーブが吹き出ようとする。
「させるか!」
 サンライザーは叫ぶと、再びジャンプ。淡き光を拳に集め、再び影へとその拳を振り下ろす。
「ライジング・パンチ!」
『ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
 再び黄金の波動がハーフスたちを襲い、苦痛を与える。
 吹き出ようとする憎悪のウェーブが収まる。
「今です、ピーチちゃま! ハート・インパクトをっ!」
 叫ぶじゃ魔ピー。頷く愛天使たち。
 ピーチはチョーカーの宝玉にゆっくりと手をかざす。
(ひなぎく……力を!)
 遠き空にいる友のことを思う。いつもなら、これだけで力が宿るのだ。
 だが。この時、奇妙な違和感を感じた。
 そしていつもなら宝玉に宿るはずの力が宿らない。
「え……?」
 うろたえるピーチ。もう一度、宝玉に手をかざし、友のことを思い力を込める。
 だが、やはり力は宿らない。
 ピーチは焦って叫んだ。
「どうして……? デイジーの力が来ないっ!」
「何ですって!?」
「まさか!」
 慌ててピーチの元へやってくるサルビア。洗脳集団をやっと片づけたリリィとリモーネも近付いてくる。
「ど、どうしよう! いったい、何が……」
 うろたえたままのピーチに、リモーネ。
「落ち着くんだ、ピーチ! すぐに調べる!」
 叫ぶと、ピーチのチョーカーに手をかざす。
 リモーネの手とチョーカーの宝玉が淡い光を放ち出す。
 様々なイメージが、リモーネの脳裏に浮かぶ。
 そして、あるイメージがリモーネの眼前へと突きつけられる。
 ずだずだに切り裂かれた、メビウスの輪。それを取り巻く、赤く強い力。
 その力には、覚えがあった。
「これはっ!」
 呆然とするリモーネ。
「どうなされたのですか、リモーネ様!」
 尋ねるリリィ。リモーネは呆然とした表情のまま、呟く。
「セレーソの仕込んだ精神リンクが壊されている。しかも、この力は冥天使───」
「冥天使? それは一体!?」
 リリィの疑問にリモーネは答えない。だが、彼は悲しみに満ちた憂いの表情でぽつりと言った。
「何故だ、ポピィ……っ!」

 水洗トイレの水音が響いた。
 女子トイレの個室から出てくるひなぎく。
 たくろうはまだ病室でオルフェウスの黙示録を読んでいる。
「もしかしたら、この騒動の手がかりをつかめるかもしれない。そうしたら、ひなぎくたちの役に立てるかも」
 そう言っていたたくろうの真剣な顔を思い出す。
「ばっか……キマり過ぎだぜ、らしくねぇなぁ」
 言いながらも、まんざらではない顔をして鏡の前に立つ。
 鏡はひなぎくのゆるんだ表情を映し出していた。
 だが、鏡に映る景色の中に、面白くない存在が割り込んでくる。
 ひなげしだ。
 それを認めると、ひなぎくはひなげしへと振り向く。
「何か用か?」
 警戒しながら尋ねるひなぎく。
 ひなげしは微笑を浮かべながら。
「そんなに警戒しなくてもいいだろ?」
 言うと、ひなぎくの肩に手を置く。その時、ぱりっ……と、小さな放電が起こるが、ひなぎくは気付かない。
 気付かなくて当然で、この放電は愛天使には知覚できない特殊なウェーブによるもの。
 それによって起こる効果は、ひなぎくと他の愛天使たちの中に仕込まれた、力の精神リンクの破壊。
 精神リンクの破壊が正常に行われたことを確認し、ひなげしはひなぎくの肩から手を離して言う。
「別に君の彼氏にどうこうしようってワケじゃないんだからさ」
 その言葉にひなぎくの表情が険しくなる。拳を振り上げそうになるが、少し深呼吸して。
「いいか、たくろうがお前について詮索するなって言うから、俺は何も聞かない。けどな、お前を見たときのたくろうの態度は尋常じゃなかったんだ。お前が何者か知らねぇが、何を企もうと、俺がたくろうを守ってみせるからな!」
 ひなげしの決意。ひなげしはやれやれ、と言うように肩を竦める。
「いいだろ、本来ならば他言無用だけど、君には教えておこう。他の愛天使たちに教えるな、なんて事も言わないさ。試練を受けるのは彼で、君たち愛天使には何もできないだろうからね」
「何だとぉ……!?」
 剣呑な表情を浮かべるひなぎく。
 それを受け流すように、ひなげしは微笑のまま、その姿を看護婦姿から黒いフードマントの冥天使姿へと変える。
 手首を回して冥天使の鎌を中空から出し、ゆっくりと語り出すひなげし。
「ボクは冥天使。三途の川の渡し守とも呼ばれる死神、レッドポピィ。君の彼氏、雨野たくろう君の魂を冥界へと導くためにやって来た」
「何ぃ!?」
 驚きのひなぎく。ひなげし──ポピィはそれを気にせずさらに続ける。
「以前、彼は三途の川を途中まで渡りながら、君の力によって、この現世に戻ってきた。つまり、冥界にすっぽりとハマりながら、律を曲げて生き返った。だが、反魂は天使にさえ許されぬ律破り。それを成し、戻ってきた者には試練が待つ。それこそがこの世界の律」
「律だぁ? 試練だと?」
 いぶかしむひなぎく。ポピィは頷いて。
「そう。ことに今回の『愛』ゆえの蘇生は、死の神たる我らが王・ハーデス様がいたくお怒りでね。特に愛ゆえの蘇生は、一度認めると次々に同様の例外が出かねない。愛ゆえに愛する人を死なせたくない、死んでも愛する人と一緒にいたい、そう思うのは君たちだけじゃないんだよ。だから、何としても、たくろう君の魂を冥界に戻せと息巻いていらっしゃるのさ。本来ならば───」
 と、ここで自らの鎌を示して。
「この鎌を使い、問答無用で魂を刈り取って冥界まで連れていくんだがね。今回は天使界の長であられる、アフロディーテ様のとりなしがあったがために、たくろう君が蘇生の試練を受けるって事で話がついてるんだ。ボクはその試練の試験官ってワケさ」
「アフロディーテ様が……」
「感謝しなよ? 本来なら君もハーデス様の神罰によって、消滅させられていたかもしれなかったんだからね。冥界側としては最大の譲歩だよ」
 このあまりな言い分に、ひなぎくは激昂する。
「ふざけるな! 元々あの時のたくろうの死は、自然な運命によるモノじゃなかったじゃないか! セレーソ様から聞いてるぞ! たくろうが死んだのは、神たる存在によって紡がれた運命によるものではなく、神に逆らう邪悪な存在によって改竄されたモノだって! それを、無理矢理に冥界に引きずり込む、だと? それがお前らの言う『律』なのか?」
 そんなひなぎくの反応に、ポピィははぅ……と小さなため息をつく。
「解ってないね。死んだ者は死んだ者。生きている者は生きている者。死者が生き返ることは、まず無い。それこそが大前提なんだ。邪悪がどうとか、聖なる者がどうとか……そういったことを遙かに超えた、世界のバランスを保たせることの大前提。それが律なんだよ」
 この言葉に、ひなぎくはぐっと言葉を詰まらせる。
 冥天使と愛天使では、行動原理がまるっきり違うのだ。
 だからこの手の議論をしても、話は平行線をたどるだけで、解決を見ることは永遠にない。
 そのことを理解して、ひなぎく。
「くっ……だからってよ、お前は、たくろうを連れ戻そうとしてる冥界の使いだろ。たくろうが試練を受けるとしても、それに難癖つけて冥界へと連れていくって事をしない保証は無いだろ! そんな奴が試験官だなんて、信じられるか!」
 この言葉に、ポピィはもう一度肩を竦める。
「やれやれ、ボクたち冥天使もなめられたもんだ。いいかい? ボクたちは、何よりも律に対して従順だ。それは普通の天使族が何よりも愛に対して従順であるのと同じ事なんだよ。そして、試練は律によって成される。律は何にもまして公平で融通が利かない。残酷なくらいにね。そしてボクたちは、その律だけはどうしても裏切れない。それは君たち愛天使が愛を裏切れないのと同じ事」
 ここでポピィは鎌を示して。
「だから、約束しよう。ボクは理不尽な理由では、たくろう君を冥界に連れ戻しはしない。あくまでも試練の公正な成否でその全てを決める、と。この死神の鎌にかけて」
 真剣な瞳をして言う。思わずひるむひなぎく。
 そこに追い打ちをかけるかのように、ポピィは続ける。
「ボクたち冥天使の『死神の鎌にかけて』と言うのは、君たち愛天使の『聖サムシング・フォーにかけて』と言うのと同じ事なんだよ」
 その言葉で、ひなぎくの表情に迷いが浮かぶ。目の前の相手を、信じていいのか、どうなのか。
 するとポピィ。優しい笑みを浮かべながら。
「別に、信じてくれなくてもいいんだ。ただ、たくろう君の試練の邪魔をしてもらいたくないだけなんだからね。ボクは」
 そう言うと、鎌の切っ先で鏡を叩く。
 鎌が触れたところから波紋が渡り、鏡が何かを映し出す。
「そのためなら、手段を選ぶつもりはない。現に、どうせ今この事を言っても、納得しきれずに試練の時には手出しをしてくるだろうと思ってね……こういう仕掛けをさせといてもらったよ」
 鏡の中の映像。それはハーフスたちに対峙しているピーチたちの姿。
 チョーカーの宝玉に手をかざすピーチ。だが、困惑している。
 その様子を見て、ひなぎくは目を丸くして鏡に叫ぶ。
「な……どうしたんだ、ピーチ!」
 答えたのはポピィ。
「君の力を引き出せずにいるのさ。だから、セント・グレネードが使えない。つまり、悪魔族を浄化できない」
「なんだって!?」
 驚くひなぎく。ポピィは静かに言った。
「セレーソもかわいい顔に似合わず、大味な事をするよね。君にたくろう君を監視させて新たな敵の正体を見極めるため、愛天使たちに精神のリンクを貼り、君がいなくてもセント・グレネードを使えるようにする……残念! 便利そうに見えるけど、多少無理があるよ。魂のシステムに負荷がかかりすぎる。だから、ちょっとウェーブ干渉しただけで、簡単にリンクはブッ壊れるんだ。特にセント・グレネードを取り出す時は無防備になってしまう。目端の利く敵なら簡単にそこを突いてくるだろうし、どっちみち、あと数回で限界が来てたんじゃないかな」
「そ、そんな……」
「まぁセレーソとしては、他に手がなかったんだろうけどね。でも、ボクの手にかかれば、こんなもんだよ」
「てめぇ……!」
 再びポピィを睨み付けるひなぎく。
 するとポピィ。余裕の表情を浮かべて。
「怖い顔してボクの相手をするような余裕は無いよ。あの悪魔族、そんなに甘い相手じゃない。早くしないと、ピーチたちが死んじゃうかもね。まぁ、そうなったらボクが向こうの世界を案内してあげるんだけど」
 ポピィの言葉に、ひなぎくは舌打ちしてトイレから外へと駆け出そうとする。
 が、それをポピィが後ろから押しとどめた。
「今から直に花園町へ行くつもりかい? やめた方がいい。天使の羽を使っても、時間がかかる。移動中にピーチたちは死んじゃうよ」
 するとひなぎく。怒りも露に叫ぶ。
「じゃあ、どうしろって言うんだ! こんな事をしておいて、よくも……!」
 怒りがこみ上げ、涙が浮かぶ。自分の無力を噛み締めざるを得ない悔しさも混ざって。
 そんなひなぎくにポピィはにっこりと笑って。
「だからね」
 言いながら、ひなぎくの襟首をつかみ、持ち上げる。
 宙に浮かぶひなぎくの体。
「え……?」
 一瞬、何が起こったか解らなくなるひなぎく。
 ポピィはそのままひなぎくを、頭から鏡にぶつけるようにぶん投げる!
「ここから繋げた通路から、行って来た方が早いよっ!」
 鏡にひなぎくの頭が触れる。鏡が割れるか、ひなぎくの頭が割れるのか───。
 だが、両方とも割れなかった。
 鏡に再び波紋が渡り、ひなぎくの体が頭からずっぽりと鏡の中へ沈んでいく。
 それはまるで、澄み切った池の水面から水中へと飛び込むように。
 一方で、ひなぎくの体を投げたポピィは、ぱんぱんと両手を叩きながら。
「やれやれ、世話の焼ける事で」
 と、小さく呟く。その後ろにあさぎの姿。
「先輩」
 あさぎの言葉に振り向くポピィ。同時に看護婦姿のひなげしへと戻る。
「どうしたの?」
 尋ねるひなげしに、あさぎは少し困ったような表情を見せて。
「花園町の騒動、パーフェクターの影が見えます」
「え……」
 思わず間抜けな表情をするひなげし。
 パーフェクター。自らを『完全なる存在』と名乗るその者たちこそ、冥天使たちが警戒している『マイスター』の手先だ。
「もしも『あれ』が出て来たら、下手するとあたしたち冥天使の管轄になりますよ? 今の愛天使たちでは『あれ』は処理しきれないでしょう」
 その言葉に、ひなげしは頭を押さえる。
「ほんっとに……ますます世話の焼ける!」
「聖サムシング・フォーが全て愛天使たちの元にあって、しかもそれを発露させるだけの極限状態の愛があれば、愛天使たちでも何とかなるでしょうけれど、その時は人間界滅亡寸前にまたなりかねないですし……『マイスター』担当のあたしとしては、早めに処理したいんですけど」
 以前、そういう状態があった。確かに、あった。
 それを思い起こし、ひなげしはあさぎに鏡を指さして言う。
「しょうがない。まだ通路開いてるから、行って来てよ。ボクは試練の監査があるから」
「感謝します」
 あさぎはそう言うと、冥天使の姿に変わり、鏡の中へと飛び込む。
 あさぎが飛び込み終えると同時に、鏡は普通の鏡面へと戻る。
 自らの姿の映る鏡を見て、ひなげしはぽつりと自嘲するように呟いた。
「忙しい忙しい……か。たまんないな。でも、しょうがない。縁の下に居続けて恨まれることが、冥天使の仕事みたいなもんだからね」

 どこまでも青い空に、きらりと四角い光が浮かぶ。
 その光の中から、ぽんっと人影が飛び出てくる。
 ここは花園町上空。高度1万5千メートル。
 飛び出た人影はその場で一気に自由落下を始める。
「うぅどわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
 花園町の空に、人影───つまりはひなぎく───の大きな叫びがこだまする。
 思いもかけぬスカイダイビング。
 全身で空気抵抗を受けながら、ひなぎくは思わず前を見る。
 思わず見えた物の美しさに呆然となってしまった。
 それは、あまりにも小さく、故にどこまでも壮大な花園町の全景だったからだ。
 人々のいる町中、住宅街から、澄んだ川や自然。花園町の全てが見渡せる。
「きれい……」
 あまりの美しさに、思わずらしくない言葉が、ぽつりと口からついて出る。
 だが、すぐに気付く。見とれている場合じゃない。
 っつーか、急いで対処しないと、数秒後には地面に激突してミンチになってしまう。
 ひなぎくは一気に叫んだ。
「ウェディング・アトラクティブ・フラワー───っ!」
 光のリボンがひなぎくを包み込み、ウェディング・ドレス姿へと変身していく。
 人間の珠野ひなぎくから、愛天使エンジェル・デイジーへ───。
 そして、ウェディング・ドレスから、流れるように一気にファイター・モードへとお色直ししていく。
 変身の全てが終わり、デイジーはファイター・コスチュームの背中にある羽を開く。
 自らの身長よりも大きな『天使の羽』がデイジーの体を支え、花園町の上空を滑空していく。
 その姿は、まさしく天使。愛を守り、無邪気を司る愛天使は自らの体がきちんと動いているのを確認すると、力強く前を見据えて。
「くっそ、あんにゃろ……でも何とかなりそうだ。待ってろ、ピーチ! すぐに行くからな!」
 叫ぶと向かう。ピーチたちの、仲間の愛天使たちの元へ。

 ハーフスの影に突き刺さっていた、サンライザーの拳から光が失せる。
 それに気付き、サンライザーは拳を退き、影から離れようとした。
 だが、拳が動かない。
「何ッ!」
 よく見ると、ハーフスの影から浮かび上がっている、黒く半透明の丸い触手がサンライザーの拳を絡め取っていた。
「し、しまった!」
 動揺のサンライザー。触手は拳から体を絡め取り、あっと言う間にサンライザーの全身を覆い出す。
 そして、サンライザーの背後から、ハーフスたちの声が聞こえてきた。
「よくも、人間ごときがこのあたしたちを、ここまで追い込んでくれたわね……」
「貴様にかなりの力を削がれたが……それでもただの人間一人を殺すほどの力は残っているぞ……」
 悪魔族が人間に対して向ける憎悪としては、最上級すら超えた、呪言混じりの言葉。
 サンライザーの背筋に、寒気が走る。
 そしてハーフスの触手から、すさまじい憎悪のウェーブとともに数万ボルトともつかない電光が走る!
「ぐあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 苦悶の叫びをあげ、身をよじるサンライザー。
 その叫びを聞き、困惑の愛天使たちがハーフスたちとサンライザーの方を向く。
「た、大変! 早く助けないと!」
 叫ぶピーチ。だが、サンライザーの悲鳴に最も早く反応したのは、サルビアだった。
「セント・グレネードが使用不能なら───切り伏せるまで!」
 セント・ツイン・ソードを構える。
 が、囚われたサンライザーに向かうサルビアの前に立ちはだかるのは、ハーフスたち。
 メール・ハーフスがサルビアに言う。
「行かせると思うか?」
「それでも通してもらいます!」
 メール・ハーフスの言葉に反応したのは、リリィ。
 セント・スパイラル・ウィップを繰り出す。
 ウィップを受けるのはフィメール・ハーフス。右手をウィップにわざと絡ませ、リリィと睨み合いに。
「リモーネ様! ピーチ!」
 リリィの叫びに呼応して、ピーチとリモーネがハーフスたちの横を走り出そうとする。その時。
「残念だが、それは遠慮してもらおうか」
 声と共に物陰から、白いフード姿の人物が飛び出てくる。
 彼はピーチに黒いウェーブのエネルギー弾を放ち、リモーネに黒い剣で向かってくる。
 がきぃん!と、硬質な音が響いた。彼の剣をリモーネが剣で受けた音。
「何者だ!」
 リモーネが問う。するとフードの人物は、唯一フードから覗いている口の端を歪めて。
「偉大なる『パーフェクター』の一人、ヴィー・マリオンと言う者ですよ。柳葉先輩!」
「何だと!?」
 驚くリモーネ。それはそうだろう。自分の人間としての名を呼ばれたのだ。
 鍔迫り合っていた剣をはじくリモーネ。
 ヴィーは大きく後ろに下がると、剣を構え直す。
 ピーチは動けなかった。
 先ほどのエネルギー弾は、ギリギリでかわした。ダメージにはなっていない。
 ピーチが動けなかったのは、ヴィー・マリオンと名乗った彼の持っている剣のため。
 それは、ピーチが見たことのある剣だった。
 真っ黒のまがまがしい尖ったフォルムの剣。
 ピーチの知る限り、それを持つ者など、持てる者など一人しかいない。
(あれは、そんな……でも、まさか……!)
 そして、ヴィーと名乗る彼は、リモーネのことを『柳葉先輩』と呼んだ。
 これはもう、ピーチの疑念を確信に変えてしまう決定的なものに近い。
(どう言うこと? だって、アフロディーテ様に記憶を消してもらったし、もしも何かの拍子で戻ったとしても、あたしたちに剣を向ける事なんて絶対にしない!)
 困惑の思考がピーチの動きを封じていた。
「ピーチ、行け!」
 叫ぶリモーネ。だが、ピーチは動けない。
「ピーチ!」
 リリィも叫ぶ。それでも動けないピーチ。
 ヴィーはニヤリと笑った。そして、言う。
「へぇ……もう少し気付かないと思ったが、さすがだな。以外と早かったじゃねーか、ももピー」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 無言の驚愕。ピーチは目を見開き、その場にへたり込む。
『ピーチ!』
 その場にいる天使たちの叫びが同時に響いた。
 また、サンライザーの体中から非常ブザーが鳴り響き、小さな爆発が起こる。
『エマージェンシー・エマージェンシー。攻性ウェーブ、浸食。危険値、危険値。至急脱出してください、至急脱出してください』
 サンライザーのものとは違う、システムそのもののアラートが鳴り響く。
「くっそ……こんな時に!」
 パーフェクターが現れた。サンライザーの本来の敵たるパーフェクターが。
 だが、そのサンライザーは悪魔族の攻撃にあい、動けない。
『浸食率40パーセント。エマージェンシー・エマージェンシー。危険です、危険です。このままでは装着者の生命に危険が及びます。至急脱出を。脱出を』
 生命への危険を促すアナウンスが響く。
 サンライザーは───正確には、サンライザーの装着者は───歯噛みして叫んだ。
「ちっきしょおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 その時。声が響いた。
「セント・ローリング・ブーメランっ!!!」
 声と共に上空から降って来る2つのブーメラン。
 それはハーフスたちをなぎ倒し、ヴィーへと迫る。
「ちっ!」
 自らの剣で、ブーメランをはじくヴィー。
 地面に倒れるハーフスたちに隙が出来る。
 それを見て、サルビアがメール・ハーフスを飛び越えて、サンライザーの元に走る。
「セント・ツイン・ソード!」
 ズババッ! ツイン・ソードが煌めき、サンライザーを捕らえていた触手を切り裂く。
 煙を上げながら、サルビアへと倒れ込むサンライザー。
 サルビアはサンライザーを抱えると、天使の羽を開き、一気に上空へと飛ぶ。
 そして、戦闘場所からかなり退いた位置に着地して、サンライザーを地面に横たえながら。
「大丈夫か? 普通の人間が、無茶をしすぎだ」
 余計なことをせずに我々に任せておけばいいものを。そんなニュアンスを言外に持たせてサンライザーに言う。
 するとサンライザー。身を起こしながら。
「……奴らはかつて俺から大事なものを奪った。そして、今も奪い続けようとしている。俺はそれが許せない。だからせめて、大切なものを自分の手で守りたかったんだ……」
 ぽつりと言った。すると、サルビア。一瞬はっとする。大切なものを奪われた悲しさは、ある事で彼女もよく知っていたからだ。だが、それでも怒ったように。
「いい加減にしろ! どっちみち、その状態ではまともに動けまい。休んでいろ!」
 叫んで飛び立とうとする。するとサンライザーは本当にすまなそうに顔を俯かせて言った。
「すまない。ありがとう」
「解ればいい」
 言うとサルビアは上空へと飛び立つ。だが、サンライザーはゆっくりと立ち上がった。
 そしてサルビアを見上げ、彼女に聞こえぬように小さな声で言う。
「すまない……」
 言いながらサンライザーはバイザーに浮かぶパラメーターを次々に調整していく。
「ストリングス・チェイサーっ!」
 叫びを受けて数秒経たぬうちにチェイサーが飛んで来る。すかさず飛び乗るサンライザー。
 ここで退くわけにも倒れるわけにもいかなかった。奪われたものと守りたいもののためにも。

 ヴィーにはじかれたブーメランは、そのまま宙を舞い、上空へと戻っていく。
 この場にいる全ての存在の視線がブーメランの戻る方向へと向かう。
 ブーメランを放った主は、上空でそれを受け取り、体を方向転換し、地面に足を着ける体制を取る。
 ばさりっ……と羽の音。
 着地と同時に仕舞われる天使の羽。
 ブーメランの主は大きくポーズを取り、叫んだ。
「デイジーは、無邪気な心の象徴だ! 邪悪な風なんか、吹き飛ばしてやるぜっ!」
 そう、エンジェル・デイジー。
「デイジー!」
 思わず叫ぶピーチ。
「どうしてここに!? たくろうくんは大丈夫ですの?」
 尋ねるリリィ。デイジーはそれを聞いて少し難しい顔をして答える。
「わかんねぇ……いや、危ねぇかも。でも、だからこそ、今は一刻も早く、こいつらを何とかする方が先だ!」
 そしてヴィーに向かい手を突き出して叫ぶ。
「デイジー・ブリザード!」
 するとヴィーは舌打ちをして飛び上がりブリザードをかわすと、そのままある場所へと着地する。
 それは、ハーフスの本体たる影の上。
 同時にはずみでヴィーのフードがぱらりと外れる。
 そこから現れたのは、ようすけに似た顔、逆立った髪。風魔ラファール族の戦士・ヴィエントの顔!
 両掌を口に当て、息を呑むピーチ。
 一方、ハーフスは倒れたまま、視線をヴィーの方へと向ける。
「く……ヴィ、ヴィエント……」
 メール・ハーフスがヴィーに向かってそう呟く。
 ヴィーはそんなハーフスたちに笑みを浮かべて。
「お前らにかかれば、愛天使たちを殺せる……そう言ったな? 大きな事を。これで身の程を知ったか」
 言って、その剣の切っ先を地面に向ける。
「な、何をするの、ヴィエント!」
 フィメール・ハーフスの悲鳴。
 ヴィーはその言葉に喜悦すら滲ませて答えた。
「役立たずは死ぬ……それが、悪魔族だろう?」
 その言葉にハーフスたちは叫ぶ。
「ま、待て、ヴィエント! これは予想外のイレギュラーが!」
「やめてっ! 同じはぐれ悪魔でしょう!?」
 それぞれの言葉。ヴィーはそのハーフスたちの懇願を鼻で笑う。
「俺はもはや、ようすけでもヴィエントでもない。人間でも悪魔族でもない。人間はおろか、天使族も悪魔族も超えた『パーフェクター』ヴィー・マリオンだ。そしてお前たち悪魔族は『パーフェクター』にとっては捨て駒の贄に過ぎない。たかが悪魔族ごとき虫けらが『パーフェクター』に意見するなど、永劫を超えた愚かと知れ!」
 言い放つと、ヴィーの剣の切っ先がハーフスの影へと沈む。
『─────────!』
 声にならぬ悲鳴が飛び、ハーフスたちの表情が苦悶に歪む。
 涙が溢れ、脂汗が滝のように流れ、口から涎が流れ、体中をばたばたさせながらかきむしる。
 ヴィーはその様子を満足するように哄笑を上げながら、一度剣の切っ先を影から抜き、間髪を入れず再び影へと剣を突き立てる!
 ハーフスたちの声にならぬ悲鳴が再び流れ、彼らの苦しみがさらに倍加する。
 その様子はあまりにも酷く惨く、思わずリリィとデイジーは叫びながら走っていた。
「てめぇ、何してやがる!」
「もはや無抵抗の者に、何ということを!」
 ヴィーに近付くリリィとデイジー。
 そんな彼女たちを一瞥し、ヴィーは鼻で笑いながら手を出す。
 ヴィーの手から不可視の力場が発生し、リリィとデイジーを吹き飛ばす。
 悲鳴を上げてピーチの横に滑り、横たわる2人。
「ぐ……今のは……」
「何も見えませんでしたわ……」
 そう。向かっていたリリィとデイジー。様子を見ていたピーチ。そしてリモーネ。
 この場にいた全員が、先ほどのヴィーの攻撃のウェーブを見ることが出来なかった。
「この不可視のウェーブ……以前にたくろう君を狙った者が放った、正体不明のウェーブと同じもの……まさか、お前が!」
 リモーネの叫び。ヴィーは笑いながら叫ぶ。
「そうだな、お前たち天使族にはこのウェーブは見えない。悪魔族にもな。これこそは破壊神の偉大なる力、デストロイ・ウェーブ!」
 同時にハーフスの影に乗るヴィーの足下から、黒い憎悪のウェーブが立ち上り、ヴィーを絡め取る。
 だが、これはハーフスたちの仕業ではない。
 ヴィーがハーフスから、無理矢理ウェーブとフォースを奪い取っているのだ。
 それを見たリモーネは表情をひきつらせて言う。
「バカな……感情を喰らっているのか……!? 悪魔族の恐怖と憎悪の感情を!」
 その間にも、ハーフスたちは苦しむ表情をやつれさせ、やせ細っていく。
『あ……あ……』
 小さく呟くハーフスたち。そして。彼らの体から力が抜ける。
 それと同時に剣を影から抜くヴィー。彼の足下から、ハーフスの影がふっと消える。
 同時にハーフスたちの体も、その場からかき消えてしまう。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 浄化されての消滅ではない。それならば体も魂も消えず、元の世界に戻る。
 ハーフスはフォースとウェーブを限界以上吸い取られ、魂そのものが消滅して虚無となったのだ。
 あまりといえばあまりなやり口に、ショックを受けるピーチ。
 やっと、ゆっくりと立ち上がり叫ぶ。
「どうして……どうして、ようすけ!」
 するとヴィーはふっと笑って。
「ようすけ……か。なぁ、ピーチ。お前にとってその『ようすけ』ってのは、どんな存在だ?」
 いきなりの問い。思わずきょとんとしてしまうピーチ。
「え……?」
 そんなピーチに、ヴィーは言葉を続ける。
「ようすけ……この俺が捨てたあの存在は、お前にとってどうだった?」
 何が言いたいか解らない。だが、ピーチはそれでもヴィーの問いに答え出す。
「ようすけは、あたしにとって大事な人よ。中学の頃に会って、ずっとあたしはようすけと一緒に歩いてきた。文字通り、苦楽を共にしてきたもの。誰よりも愛しくて、誰よりも大事で、誰よりも頼りになって。だから、あたしはようすけのためだったら、何でもする! だからようすけ、元に戻って!」
 叫ぶピーチ。だが、ヴィーはゆっくりと頭を横に振って言った。
「そうかな、ピーチ。お前は天使なのに、とんでもない嘘つきだな」
「何ですって!」
「ようすけは頼りになるって言っただろ。文字通り、苦楽を共にしてきた、とも。それは、許されぬ大嘘だ」
「そんなこと無い!」
 否定するピーチ。だがヴィーは冷静な声で続ける。
「なら、どうしてこの戦いの事を言わなかった? すすんで巻き込めと言ってるわけじゃない。だが、せめて教えるくらいのことはしてくれても良かったんじゃないか?」
「それは……ようすけを巻き込みたくなかったから! ようすけが大事だから! それに教えたらようすけ、心配するじゃない! 悪魔族の記憶だって……!」
 そこまで言って、ヴィーはピーチの言葉を遮るように叫ぶ。
「そこだ! さらに悪魔族としての記憶と力まで封じたな? それさえあれば、戦いに巻き込まれてもお前の力になれていたはずなのに。心配する、だ? 愛していた者を心配することさえも、許されないのか? どうして? 矛盾だ。お前は矛盾しているよ、ピーチ。悪いとは言わない。だが、許すことは出来ない。この5年近く、戦いにの現場を見かける度に、アフロディーテ様やセレーソ様に頼んで、記憶を消してもらいやがって。結局よ、ピーチ。お前は俺に、自分に都合のいいだけの男であって欲しかったんだろう? 風摩ようすけってのは、そう言う男じゃないと、いけなかったんだろ? だから俺は───『パーフェクター』ヴィー・マリオンとなったんだ」
「違う! 違うわ、ようすけ! あたしはそんなこと、思ってない! ただ、ようすけが悪魔だって事がようすけの負担になると思って……」
 必死に訴えるピーチ。だがその想いがヴィーに届くことはない。
「言い訳は止せよ。結局お前は俺が悪魔族であることが耐えられないだけなんだろ? 自分に都合が悪い事は、全て目を瞑りたかっただけなんだろ? 悪魔族の血を引くようすけが自分に都合が悪かったから、作り替えようとしただけだろうが」
「違う……そんな、違う……ようすけ、どうして解ってくれないの……?」
 涙ながらのピーチの訴え。
「解りたくないな。自分に都合のいい奴しか求めない女の言うことなんか、よ」
 何を聞いても疑い、信じようとしないヴィー。
「自分に都合のいい奴を愛することは簡単だよな。あっさり自分を愛してくれる。けどよ、ももピー。俺はもう、そうあることに疲れたよ」
 そしてヴィーは剣を構える。
「そんな……お願い、ようすけっ! 目を覚まして! ラブリー・オペラシオン・タンピート!」
 オペラシオンを取り出し、愛のウェーブを放出するピーチ。
 本来なら、これで愛の思い出を取り戻し、邪なる意志を追い出して正常に戻すことが出来る。
 だが、ヴィーは愛のウェーブを受けながらも剣を振る。
「くっ、無駄だ!」
 痛痒を受けたような顔をしながらも、ヴィーはウェーブを放つ。
 放たれたデストロイ・ウェーブはピーチを襲う。
「きゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 吹き飛ばされるピーチ。オペラシオンが消える。
『ピーチ!』
 叫ぶリモーネ、リリィ、デイジー。
「無駄だ。俺に愛のウェーブは通じない。愛のウェーブの与える影響など、俺に対しては微々たるもの。そんなもので俺の心をどうこうは出来ないぜ」
 静かに言うヴィー。
「そんな……ようすけ……」
 絶望に近い顔色のピーチ。そんな彼女の後ろから、誰かが飛び出した。
「ならば、貴様を切り伏せるまで! 汚れた魂、消し去ってくれる!」
 サンライザーを安全な場所まで離し、戻ってきたサルビアだ。
 セント・ツイン・ソードを構え、天使の翼のスピードに乗って、一気にヴィーへと突っ込む!
「サルビア!」
 慌てて制止の言葉をかけようとするピーチ。だが、遅い。
 剣を切り結ぶヴィーとサルビア。
「そういえば、お前は以前にも、他の愛天使たちを無視して真っ先に俺を斬ろうとしてたな。いい判断だ」
 感心するように言うヴィー。そこでサルビアは、始めてヴィーの顔を直視する。
「お前……!」
「だが、きちんとした状況の把握が出来ないと、ただの意味の無い猪突猛進だがな」
 そのヴィーの言葉と同時に、彼の剣が鈍く黒く光り、鋭いデストロイ・ウェーブが放たれる。
「うわっ!」
 弾き飛ばされるサルビア。だが、素早く着地。
 慣性の法則で多少地に足を擦るが、何とか立て直しやすい体制を整える。
「貴様、ヴィエント!?」
 叫ぶサルビア。ヴィーはこれまでに何度もしたように首を横に振る。
「俺はヴィー・マリオン! 天使と悪魔を超える完全なる者、偉大なる破壊神のしもべ『パーフェクター』だ! 故に、天使も悪魔も、この俺を傷つけることなどできない!」
「くっ!」
 苦々しく剣を構え直すサルビア。
 ヴィーはそんなサルビアを見てから、ピーチに視線を移し、笑みを浮かべた。
「なぁ、ももピー。こんな目に遭ってなお、俺を愛せるか?」
 この問いにピーチは間髪入れずに叫ぶ。
「何言ってるの、当たり前じゃない! どんな事があっても、ようすけはようすけだもん!」
 この言葉に、ヴィーはにっこりと笑みを浮かべる。
 それは今までのものとはちがう、本当に慈悲に満ちた優しい笑みだった。
 ピーチは思わず、期待する。いつものようすけに戻ってくれるかもしれない、と。
 だが。ヴィーの口から出た言葉は。
「じゃあ、死ねよ」
 一瞬だけ期待を持たせて、その後に絶望へとたたき落とす───。
 まさしく悪魔のやり口。
 再び絶望に体の力が抜けるピーチ。
 慌ててそれを支える、リリィ、デイジー、サルビア。
 ヴィーはそのピーチの絶望の表情に満足したように頷くと、剣を上段に構えて叫ぶ。
「愛に裏切られた絶望の中で死ね! ウェディング・ピーチ!」
 ヴィーが剣を振り下ろそうと力を込める。
 ぎゅっと瞳を閉じるピーチ。
 この場にいる誰もが、その剣が振り下ろされることを予感した。


                            <To Be Continued.....!>

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<ふりぃ・とぉく>
きやま「てなワケで、今回もふりぃ・とぉくを始めます」

あさぎ「別名『一ファンのくせにあつかましい、身の程知らずの見苦しい言い訳コーナー』ですっ!」

きやま「ぐふああぁぁぁっ!(←喀血)」

あさぎ「どーしました? いきなり血ぃ吐いて」

きやま「い、いきなりキツい核心を突きやがって……!」

あさぎ「あぁ、なるほど。一応、気にはしているんですね? でも、だったら書かなきゃいいのに」

きやま「うぐぅっ! ううぅ……そー言われると、面目次第もございません……。でも、書きたくなっちゃったのです」

あさぎ「まぁ、この筆者も一応は反省しているので、石とか投げないでやって下さい。剃刀とかウィルスとかも、ね」

きやま「ぁう。本気でシャレにならん……」

あさぎ「こーゆー作品を書いて、こーゆー展開にしている以上、そーゆーのは避けられないかもしれないけど、ね」

きやま「あうあうあう〜〜〜っ(泣)」

あさぎ「さてさて。いつまでも泣いてないで、さくさくフォローをよろしく!」

きやま「うぅっ……なんか立ち直りきらないけれど、とりあえず説明を開始します」

あさぎ「と、ゆーわけで、今回のトピックは?」

きやま「もちろん、ハーフスの放った『役名錯乱病』っ!」

あさぎ(がくっとバランスを崩して)「いきなりソコかいっ!?」

きやま「なぜコケる? 大事なトピックじゃないか。ゆかなネタだぞ?ウェピー放映当時のア×メージュ読者にとってはお馴染みのネタだぞ?」

あさぎ「いや、だからね……?」

きやま「実はこの話のこの部分は去年に書き上がっていたのに(おい!)某プリ○ュアの存在を知って、あわてて付け足したという、オマケ付きだ!」

あさぎ「そーゆーのじゃなくてねぇ……」

きやま「元々は某パードルの伊藤先生が同作品内でやってたんだよねぇ、ウェピーネタでねぇ(しみじみ) いつかみやむーネタや氷上ネタ……この二人だったら『ラムネ』でやれるし……そーそー、由香にゃんネタもやってみたいねぇ。あ、これも『ラムネ』でできるか?(更にしみじみ)」

あさぎ「人の話を聞けぇ〜〜〜〜っ!」


 死神の鎌をぶぉん!と振り上げるあさぎ。

きやま「うぉ、待てぇ! その鎌、振り下ろしたらいきなりふりぃ・とぉく終わるぞ! いいのか、それで!?」

あさぎ「うぐっ……だったら、さっさと次々に出てくるトピックをクリアしなさいよ!」

きやま「もちばち!(←もちろん、ばっちり!)オッケー。ではネクスト・トピックはサンライザーだっ!」

あさぎ「出ました、ウェピーファンフィクションにあるまじき、少女マンガでやっちゃあいけない、特撮もどき!」

きやま「ぐさぁぁぁぁぁ!!!(←心に刃がざっくりイッた音)」

あさぎ「……何か間違いでも?」

きやま「いや、図星だから逆にざっくりイッちゃったんだけど……しくしく」

あさぎ「そもそも、なんでこんなの出したのよ?」

きやま「いや、そりゃ、もう『ライダー』の影響です。平成シリーズ第二作の『ア○ト』にハマっちゃったせいです」

あさぎ「……ソレだけで!?(ジト目で木山を見る)」

きやま「だって、カッコいいんですよぉ、要さん演じる氷川さん!Gス○ー×ックス!『ライダーになりたい男』っ!もちろんア○トもギ○スもかっこいいんですけどね? 今回、ついつい彼のセリフを使っちゃいましたぁ(はぁと)」

あさぎ「……かわいこぶらない。気持ち悪いから」

きやま「だって、彼のセリフは『ただの人間』であるが故に、人間の人間たる根元のパワーが滲み出てて、スゴいんですよぉ!」

あさぎ「(呆れきって)はぃ、はい。解ったから、次へ……」

きやま「まだ行けないってば。もちろん『ア○ト』にハマっただけじゃサンライザーを出さなかったわけで」

あさぎ「んもう。解ってるわよ。村枝先生の『スピリッツ』にもハマっちゃったんでしょ?」

きやま「そーなんだよ! 滝&本郷のダブル・ライダー! 特に滝さんの『ス×ルマン』スーツなんざ最高で! 彼こそライダー0号みたいな〜♪(ひろりん調) 隼人さんの改造傷とそれ故の悲しみと『人間』たる心っ! 風見さんの妹への『ごめんな……俺は、まだ……行けないよ……』と言う、ライダーとしてのプライド! 償いに戦い、ボロボロのライダーマン! 愛する物を失う苦しみを知るが故に、同じ悲しみを繰り返さぬ為に海に飛ぶ敬介さん! 友と野生に吠えるアマゾン! 城茂さんの『そいつは十分すぎるほど戦った……岬ユリ子はもうただの女だ』って言う、何故にタックルにライダーの名が冠されなかったか、その理由っ! 洋さんの『人間のために戦う。俺は、それだけでもいい』、一也さんの『人の夢の為に生まれた』との決意の言葉! ……もー、泣くなと言う方が無理でしょうが! そして、脳改造により記憶を無くし、一時その身を悪に染めながら、魂の彷徨を続け依るべきものを願うZX!過去を取り戻しはしたが、ソレで思い出した姉の死により、ライダーとして人を護るために戦えず、憎しみと復讐に迷う姿は、もう、もう、もう……!!!」

あさぎ「あー、はい、はい、はい。よく解ったから。語らない!」

きやま「ぜー、ぜー……えっと、なんの話だったっけ」

あさぎ「やっぱり、ふりぃ・とぉく終わらせて、ここで斬り刻んどく?」

きやま「いや、はい! サンライザーの設定でしたねっ!?」

あさぎ「……脱線にムダ文字使って。手早く済ませなさいよ?」

きやま「いや、君が『スピリッツ』のコトを出さなかったら、もっと早く……」

あさぎ「何か言った!?(しゃきん!←鎌の刃が翻りかける音)」

きやま「何も言ってないでございますぅ! 本文でもありますが、サンライザーはいわゆる人間が作り上げた、対ウェーブ用のアーマーシステムです」

あさぎ「……その言葉だけで、いかがわしさ爆発な気がするけど」

きやま
「確かにヤバ度は抜群です。コレが出てきていると言うことは、人間の科学がいわゆる天使や悪魔の領域に、土足で踏み上がりかけてるってコトですから」

あさぎ
「何でそんなモノがっ!?」

きやま
「君が言うなよ。サンライザーやるから君を出したんだよ。え?開発協力者!」

あさぎ
「うぐっ……今後物語に出てくる裏設定だから、ここでは隠しときたかったのに!」

きやま「そーなのです。WASの開発には冥界が……と言うか、あさぎが大きく関わっています」

あさぎ「ついでに『オルフェウスの黙示録』魔の書もね」

きやま「その辺の大まかな下りは次のお話から少しずつやる予定です。いつになるかは解らないけれど」

あさぎ「……まぁ『マイスター』に対する駒としてWASを人間に……と言うか、ある一人の人間に、与える必要があったのですね」

きやま「サンライザーについては今のところはこの辺にして。次は冥天使の新設定について。かつてひなげしが天使界の天使だったというお話」

あさぎ「了解。まず、元々『冥天使』なんて種族は存在しません。しかし冥界の使いである冥天使は存在しています」

きやま「ほぅほう。つまり『何か』が冥天使になる……と」

あさぎ「はい、当たり。死んで冥界に来た、力ある天使や悪魔の魂をスカウトするのです。そして仮の体を与え、冥天使として活動してもらうのです。活躍すれば転生に関するいろいろな特典(転生時期が時空を越えて選べる、働き如何によって前世の罪業をチャラにできる、転生先種族をフリーに選べる、などエトセトラエトセトラ……)もあって、とってもおトク(はぁと)」

きやま「……そ、それはつまりウェピーで一度死んでる『あの人』や『あの人』が冥天使として……?」

あさぎ「はいはい。冥天使になるには、いろいろと条件厳しいですが、あの戦いで死んだ人も幾人かはスカウトされてるので、可能性はあります。実を言いますと、あたしもそうですし、マイスター対策で一緒にやってる同僚の『彼』もあの戦いで某所の渦に落とされたところをスカウトさせてもらったと言うかなんというか」

きやま「いいのか、それは(汗)」

あさぎ「大切にしましょう、限りある自然と資源とキャラクターっ!」

きやま「そーゆー問題かぁっ!? リサイクルの政府公報じゃないんだぞ!?」

あさぎ「まぁまぁ。最も、ひなげし先輩はちょっと事情が違うんですけどね」

きやま「事情が違う?」

あさぎ「えぇ。あの人は『生きたまま』天使界から冥界に来て、冥天使となってるんで」

きやま「はぁ!?」

あさぎ「先輩は、天使界と冥界でいろいろあって、その結果として冥界に来たのです。時は悪魔界の侵攻が始まったばかりの時。本当はハーデス様は、セレーソ様かリモーネ様を指名しようとしていたらしいのですが、二人とも天使界には無くてはならぬ存在。そこで同等の力を持っていた先輩が、周囲の皆が止めるのを振り解いて『おそれながら、私が志願いたします』と……泣けます」

きやま「そ、そりゃあ、また、ハードな」

あさぎ
「先輩には当時、まだ幼い妹がいたのですが、その妹をアフロディーテ様とセレーソ様に託して、冥界へと赴いたのです」

きやま「はー。冷酷に見える彼女も、それなりの過去をもってるワケか」

あさぎ「先輩のご両親は最初の侵攻で亡くなり、たった二人の姉妹。辛くとも、それが最も天使界のためと考えての選択……辛すぎます」

きやま
「でも、その妹も」

あさぎ「ええ。悪魔界の最大の侵攻の際に命を落として……せっかくセレーソ様の元で急速に力をつけて、天使界防衛の要になるまでになれたのに」

きやま「……冥界は彼女をスカウトしなかったのかい? そしたら姉妹そろって仲良く勤務に励めたろうに」

あさぎ「無理ですよ。魂いきなり人間界に吹っ飛ばされて、冥界を介さずに転生しましたもん。しかも追いつめられていた天使界は、戦力が落ちるのを怖れて彼女を冥界に渡すのを拒みましたし。冥界に来ての転生は、前世の力も記憶も全て消去してからの転生になりますからね。その点、直接転生は前世の力も記憶も継続できますし。でも人間界で天使としての力と記憶を持って生きてもらっちゃ困るんですよね。あっさり力を使われたら、人間界のバランスをバッチリと崩すことになるんで。だから記憶を簡易消去し、力に関しては『一時的な封印』を施すってコトで話をつけて、事なきを得たと、そういうコトに」

きやま「なんか、どっかで聞いたような話だなぁ」

あさぎ「先輩も気の毒です。目の前に妹がいるのに、その妹に嫌われるだなんて……」

きやま「その辺の事情、詳しく聞きたいような気がするけど、聞いちゃ駄目な気もする」

あさぎ
「先輩に言ったら『妹はもう死んでるの』って……あたしも妹がいたけど、悪魔界の侵攻で死んでしまって……あ、あたしの妹はちゃんと冥界を通ってまた天使族に転生してますからね」

きやま「う〜ん……悲しい話だ。次にヴィー君の事もマイスターのこともやりたいけど、その辺は次回にやるし、ハラハラ感残しといたままの方がいいかなぁって気もしないではないし」

ひなげし「……何をぺらぺらとしゃべってるのかな?」

きやま&あさぎ『ぎゃあ、出たぁ!』

ひなげし「おしゃべりは身を滅ぼすよ? とくにボクと妹のことは、原作には無い設定だし」

きやま&あさぎ
『うぁ、バレてる……!』

ひなげし「解ったら、ちゃっちゃと自分のやるべき事をする!」

あさぎ「はいぃっ!」

 脱兎の如くその場から走り去るあさぎ。

きやま「あ、こら、あさぎ! てめ、一人だけで……」

ひなげし「さーて、木山さん? んっんっん。覚悟は出来てるね?」

 死神の鎌を持つひなげし。
 火のついた線香とお鈴を前に、数珠を持ち、きちんと正座に合掌の木山。

きやま
「ううう……うぁー! やっぱやだー! 痛いのやだーっ!」

ひなげし「往生際が悪いよ、覚悟ぉっ!!」

 ざくっ! びしっ! ずばっ!
 沈黙───。
 ちーん、とお鈴の音がして───幕。


 Syuuhei Kiyama /June.6 2004