新生伝説・モーニングナイト
By Syuuhei Kiyama :


<第三話 冥界に一番近い天使>



 ヴィーの持つ剣に力がこもる。
 ピーチをかばおうと前に出るリリィ、デイジー、サルビア。
 その瞬間、ピーチの後ろからバイクの音が響いた。
 全員が音の方を向く。
 そこには、いつもの青いバイクに乗ったようすけの姿があった。
「え……? ようすけ……?」
 呟くピーチ。ようすけはバイクから降りると、ピーチに駆け寄って。
「どうした、ももピー。なーに今にも死にそうな顔して、俺を見てんだよ。まるで幽霊でも見たような顔だぜ?」
 軽く言うようすけ。多少、口は悪いが、その言葉には、優しい暖かさが宿っている。
 それがピーチに、僅かながらも力を与える。絶望から戻る力を。
「それにしても、何だ? 映画同好会の自主制作映画にでも出るのか? って事は、カメラあるよな。どこだ?」
 きょろきょろするようすけ。そんな彼の様子を見ながら、デイジーがようすけとヴィーを見比べて。
「ふ、風摩が2人……? どうなってんだ?」
 するとリリィがデイジーと同じように2人を見比べ、そして叫んだ。
「解りましたわ! 風摩君がここにいるのに、ヴィエントがあちらにいる。こんな事は考えられません! となると、答えは一つ!」
 言葉を引き継ぐように、サルビアも頷き、言う。
「そうだな……答えは一つしかない。あのヴィエントは、偽物だ!」
 この言葉に、ピーチの中にさらなる力が戻ってくる。
 するとヴィー。剣をゆっくりと下ろし、ふっと笑って言った。
「はてさて、どうだか……もしかしたら、そっちが偽物のようすけかもしれないぜ」
 その言葉に、ようすけ。きょとんとして自分を指さし。
「偽物? 俺? 何の話だ、ももピー」
「何でもないよ、ようすけ。ちょっとまってて、すぐ終わるから」
 言うとピーチはヴィーに向き直る。
「このようすけが偽物ですって? そんなの、あり得ない。本当にあなたが本物のようすけなら、あたしたちを攻撃するなんてしない! 悪魔族としての記憶が戻っていても、そんなことしない! それに、記憶が戻っているなら、悪魔族を『ごとき』だなんて、言わないわ! 前に悪魔としての力が覚醒したようすけが戦ったのは、悪魔族としての名誉と誇りのため! そんなようすけが、悪魔の記憶を戻し、何故かあたしたちと敵対したとしても、そんなことを言うなんて絶対にありえない!」
 力強いピーチの言葉。ようすけを信じ、解っている者であればこその確信。
「あなたが本物のようすけだなんて……ありえない! あたしは、あたしとようすけの愛を信じてる! ようすけは、あたしを解ってくれてるはずだもん!」
 この言葉に、ヴィーはふ、と息をもらしながら笑った。
「やはりそうか……なら、俺を浄化してみろ! 俺は逃げも隠れもしない、真っ向からお前のウェーブを受けてやる! やってみろ!」
 ヴィーの叫び。ピーチはヴィーをキッと睨んで。
「言われなくても! あ、でも……」
 一瞬の躊躇を見せる。セント・グレネードが使えるかどうかを心配したのだ。
 そんなピーチにリモーネが叫ぶ。
「大丈夫だ、ピーチ! 壊されたリンクは、遠方の者から力を引き出すためのもの。デイジーがここにいるなら、何の支障も無い!」
 その言葉に頷きあう愛天使たち。
 それぞれのチョーカーの宝玉に手をかざし、自らの力を分離させ、ピーチへと飛ばす。
 ピーチもまた、チョーカーから自らの力を取り出し、自らの頭上へとかざす。
「セント・グレネード・クリスタル!!」
 掛け声と共に、セント・グレネードが出現。その照準がヴィー・マリオンに絞られる。
 そしてピーチ。偽物とはいえヴィエントに引き金を引くことに一瞬躊躇するが、それでも。
「ハート・インパクト!」
 引き金を引いた。そして、愛のウェーブのエネルギー波がヴィーへと届く。
 ウェーブに包まれるヴィー。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
 叫び、身をよじり苦しがる……ように、見えた。
 だがヴィーはすぐに正常な表情を浮かべると、けろっとして呟く。
「なーんてな」
 愛のウェーブに包まれたまま、ヴィーは余裕の笑みで立っていた。
「そんな……!?」
 呟くリリィ。
「バカな……」
 驚くサルビア。
「ハート・インパクトが……」
 呆然とするデイジー。
「効かない!?」
 息を呑むピーチ。
 ショックと驚愕の愛天使たち。リモーネも同様の表情をする。
 やがてヴィーを包んでいた愛のウェーブが自然に消える。
 そしてヴィーは言った。
「言っただろう。俺に愛のウェーブは通じないと。そして……」
 ヴィーはピーチたちを。いや、正確にはピーチたちの後ろを指さす。
 同時に、苦悶の悲鳴が轟くように響いた。
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
 その声に振り向く愛天使たち。すると、そこには口から大量の血を吐き、転がってのたうち回るようすけの姿!
「ようすけっ!」
 慌ててようすけに駆け寄るピーチ。
 ようすけを抱き起こして。
「どうしたの、ようすけ!」
 尋ねるピーチに、ようすけは苦しそうに答える。
「わ、わかんねぇ……あいつが光に包まれた途端に、胸に焼き鏝を押さえつけられたような痛みが……っ!」
 慌ててようすけの服を脱がすピーチ。
 露になったようすけの上半身の胸に、小さな紋章が煙を上げて焼き付いていた。
 それは、蝶か蛾を線のみで簡略化したような図形。風魔ラファール族の紋章。だが、それはすぐに消える。
「な、何が……」
「どうなっているんですの……?」
 疑問の声を上げるデイジーとリリィ。
 ヴィーはそれに答えるが如く、静かに言った。
「確かに、奴は本物の風摩ようすけだよ。だが、俺が偽物というわけでもないんだぜ。俺はようすけの影──分け身だ」
「分け身だと!?」
 叫ぶサルビア。ヴィーは頷きながら。
「あぁ、そうだ。俺はようすけから分離した意識のなれの果て。アフロディーテ様やセレーソ様によって消され続けてきた悪魔族としての記憶と意識が生み出した歪み。それが俺だ。故に俺が浄化されれば、本体であるようすけが苦しむ。さらに、完全浄化ともなれば、ようすけは死ぬ。正確に言えば、俺に愛のウェーブが効かない訳じゃない。ただ、俺に愛のウェーブを浴びせれば、その効果は俺をスルーして本体(ようすけ)へダメージとして跳ね返る。そういうことだ」
「そ、そんな! そんなの、嘘よ!」
 ようすけを抱きしめながら叫ぶピーチ。
 ヴィーは余裕を崩すことなく、足を前に踏み出しながら剣を構える。
「現実を見つめろよ、ピーチ。そして、ようすけをこの俺の手で殺せば───俺は過去のしがらみを全て捨て去り、真の『パーフェクター』となれる」
 この言葉に反応する、リリィ、デイジー、サルビア。そして、リモーネ。
「なんですって!」
「やらせねぇぞ、そんな事!」
「貴様の好きにはさせん!」
 口々に叫ぶ愛天使3人。
「ようすけは殺させん! もちろん、ピーチもだ!」
 愛天使たちをかばうように前に立ち、剣を構えるリモーネ。
 その様子をピーチに抱きかかえられながら見るようすけ。
「分離した意識……? 記憶と意識のなれの果て……? 悪魔族だと……? うぐっ!」
 苦痛にようすけの顔が歪む。
「ようすけ! 何も考えずに安静にしてて!」
 叫ぶピーチ。悪魔族としての記憶を取り戻してしまうと、ようすけは常に苦しむことになりかねない。ようすけにそんな思いをさせたくはないのだ。
 だが、ようすけは考えずにはいられない。なぜこんな事になっているのかを。その責任が自分にあるような気がするからだ。
 苦痛に顔を歪めながら、考えようとするようすけ。それでも思考は長く続かず、ようすけの顔色は悪くなるばかり。
「ようすけ、ようすけ!」
 必死にようすけの意識をとどめようと、叫ぶピーチ。
 しかしピーチの思いも空しく、ようすけの意識は闇に落ちた。


 ヴィーを相手に苦しむ愛天使たちを遙かな上空から見つめる影。
 それは冥天使の詠部あさぎ。黒いフードにマント姿の彼女は、その肩に死神の鎌を担いで呟く。
「やっぱり『パーフェクター』ね……。でも……」
 じっと愛天使たちを見つめるあさぎ。
「さすがに『あれ』が出ていない、この状態じゃ出れないな。それに問題は……」
 ちろりとようすけを見る。そして。
「まずいわね。このままじゃ、彼、死ぬわ。でも、今なら間に合う。冥界にも行ってないから、戻しても律には反しないけど、どうしよう」
 言いながら、鎌を少し持ち上げて、集中する。
 鎌が光となり、形状を変え、携帯電話へと変わる。
 あさぎは携帯電話の短縮ボタンを押し、どこかへと電話をかけ始める。
 しばらく待って、相手が出たらしい。話を始める。
「あ、もしもし。司令? あたしです。パーフェクター、出ました。愛天使たちと交戦中です。あ、はい。あたしたちは基本的に、冥界外では愛天使たちを含めた普通の天使や悪魔、人間の前に姿を現すのは厳禁ですよね。ポピィ先輩のように特別な任務があるときや、冥界に伴うための迎えの時ならともかくとして……」
 ここで言葉を切る。どうやら、相手が何か言っているらしい。
「解ってます。急を要する最悪のケース───たとえば、例の『ヴァンヤン』が出るとか。そう言った場合なら、出てオッケー。確かに」
 また、言葉を切り、相手の反応を待つ。
「そうですね。あのレインデビラの人間界での一件。あの事を教訓にして加えられた律の条項ですから、あの時に出ることは出来なかったワケですが。今なら大丈夫なんですよね。え?」
 また、相手が何かを言っているらしい。
「そんな事の確認のために、連絡を取りに来たのかって? 違いますよ。あの、ですね。パーフェクターのせいで死にかけてます……誰が、って? ほら、あの子ですよ。ウェディング・ピーチの彼氏の」
 その瞬間にあさぎは携帯電話を耳から離す。どうやら、電話の向こうからの声が大きかったらしい。
 あさぎは懐からPDAパームを取り出し、画面に触れて操作して言う。
「彼の寿命、まだまだありますけど、このままじゃ間違い無く冥界に落ちますよ? きっと。それに悪魔族としての記憶と力を抜かれてるみたいです。それが『パーフェクター』になってて。はい、間違いなく『マイスター』の仕業かと。私たち『冥界・マイスター対策室』としては無視できない事態ではありますが……はい、はい。え、やはり『ヴァンヤン』が出てくるまでは出るな、と。でも、彼は。はい、そちらで対処してくださる。解りました。では、しばらく静観します」
 携帯電話を切って死神の鎌に戻す。
 上から愛天使たちをじっと見つめるあさぎ。一つため息をついて言う。
「ごめんね……今のあたしに出来る事はここまでだわ。でも、ベストを尽くして。あなた達なら『パーフェクター』相手でも何とか出来るはずよ」
 その言葉は、慈愛を秘めた厳しさに満ちていた。


 一面の花畑を走る、一本の道。
「ここは……」
 ようすけは、その上に立っていた。
「どこだ?」
 呟くようすけ。花畑の道を一歩前に踏み出す。すると。
「来てはならん。来るな、ようすけ」
 どこからか重い声が響いた。後ろを振り向くようすけ。誰もいない。
 再び前を向く。そこには船長姿の男が一人立っていた。
 ようすけは男の姿を見て、思わず叫ぶ。
「父さん!」
 そう。ようすけの前に立っているのは、他ならぬようすけの父。
 父はようすけを見て、ゆっくりと言う。
「ようすけ……久しぶりだな。だが、ここはお前のいていい場所ではない」
「父さん、いきなり何を……」
 眉をひそめるようすけ。そんな息子に父は語る。
「ここは死の世界。冥界と現実の狭間」
 言いながら父は自らの後ろを遠く指さして、言葉を続ける。
「あの向こうには、かの有名な三途の川がある。それを超えれば、もはや現世には戻れない。お前はまだ死んではならん。だからこそ、帰るのだ」
 父の言葉に、ようすけはショックを受ける。
 いや、自分が死んでいるからではない。
 蒸発している父がここにいる。父の言葉を信じれば、既に父は死んだということになる。
 ようすけもようすけの母も、いつかは父の生還を信じて、今まで生きてきた。それなのに……!
 と、ここでようすけは考え方を変える。父もまだ、ここにいる。ならば父も蘇生できるのではないか、と。
 そしてようすけは言う。
「解った帰るよ。でも父さんも一緒に……!」
「残念ながらそれは出来ない」
 間髪入れずに言葉を返す父。
「私はもう、死んでいるのだ。ここにいるのは、死の国の寛大な処置によるもの。私は現世には戻れぬ」
「そんな……!」
 落胆するようすけ。そんな彼に、父は言う。
「ようすけ。私がここにいるのは、お前に伝えねばならぬ事があるからだ。以前、この私が現世に遺した僅かなフォースが伝えたことだが、お前はその時の記憶を失っている。だからこそ今一度、この私の口より、お前に伝えねばならない。我が一族の真実を!」
 その言葉と共に、すさまじい突風が吹きすさぶ。
 思わず顔に手をかざすようすけ。
 風が収まった時、そこに立っていたのは、胸に蝶か蛾の如き紋章をあしらった服とマントを着ている、一人の男!
「私は、人間や天使が悪魔と呼ぶ存在。悪魔族最強の名門、風魔ラファール族の戦士・ウラガーノ。人間界に降りて愛を知り、正義のために戦おうと決め、故に同じ悪魔に殺された者」
 ウラガーノの言葉に、ようすけは驚きながら。
「ははは……何言ってんだよ、父さん。冗談ばっかり。そんなどこぞのデ○ルマンじゃあるまいし……」
 永×豪先生のマンガを引き合いに出して笑う。だが、ウラガーノは笑わずに話を進める。
「冗談ではないのだ、ようすけ。そしてお前はその血を色濃く受け継ぐ、私と同じ風魔ラファール族の戦士・ヴィエントなのだ」
 言うウラガーノの口調は真剣そのもの。冗談を言っている様子は全く無い。
 ようすけは自分を指さして、父に言う。
「……俺が、悪魔?」
 こくりと頷く父。そんな父にようすけは、思わず激昂して叫ぶ。
「ふざけんな! ここが死の世界とか、俺が悪魔だとか……わけわかんねぇ事ばかり言って! 久しぶりにあった息子を担ぐのはやめてくれよ、父さん!」
「ようすけ! 信じられない、信じたくない気持ちは解る! だが、座してこの現実を受け入れてくれ! そうでないと、今、とてつもない危機に瀕している、お前の大切な恋人の命さえ守れぬぞ!」
「ももこの!?」
 父の叫びに、思わず叫び返すようすけ。
 父は再び首肯して。
「そうだ。お前の恋人、花咲ももこは天使の血統。愛と美の女神の血筋を引く愛天使、ウェディング・ピーチ。以前、天使と悪魔が戦っていた時、その戦いをお前と共に協力して終わらせた、いわばこの世界の救世主」
「な……ももこが? ドジでまぬけで何かってーと怒るし、泣き虫でノー天気で騒がしくって忘れっぽくって万年赤点娘の……そんなあいつが、天使で世界の救世主っ!? じ、実感が沸かねぇ……。しかも俺と協力して戦いを終わらせたって、俺にはそんな覚えは無いぞ」
 そこまで言うかと言いたくなるほどの言葉を吐きながら、頭を抱えて言われたことと現実のギャップに苦しむようすけ。
「それに俺が悪魔なら、その恋人が天使なんて……矛盾してる! そーだよ、矛盾してる! ももピーが天使なら、俺が悪魔であるはずがない!悪魔とつきあってる天使なんて……!」
「ピーチは、そういった事を関係ないと言い放てる、希有な天使だ。そしてお前はその優しさに救われた。悪魔族の力に目覚めて心を失いながらも、ピーチの力で人間の心を取り戻した。そして、お前はピーチと力を合わせ、この世界を救ったのだ」
「う……あいつ、けっこー猪突猛進で、深い事を考えないからなぁ……。そう言う事も、ありえるかも」
 変なところで納得するようすけ。
「天使族と悪魔族の戦いが終わった後、普通の人間として暮らしたいというピーチの願いにより、お前たちの記憶は封印された。だが、その後、悪魔族の極右派たるはぐれ悪魔が人間界に進入し、不埒を起こす騒ぎがあった。そのためピーチは記憶と力を取り戻し、戦うこととなったのだ」
「それじゃ、ももこが時折デートの最中とかに用事が出来たとか言って席を外してたのは……!」
「そうだ。はぐれ悪魔と戦うためだ」
 父の言葉にようすけは拳を握って悔しがる。
「そんな……ももこが危険な戦いをしている時に、俺はのほほんと過ごしてたなんて! なんで、言ってくれなかったんだ! もしかしたら、俺にも出来ることがあったかも知れねぇのに!」
「それを言い出すと思えばこそ、ピーチは戦いのことをお前に言えなかったのだ。お前を危険に巻き込みたくない……お前に戦いの事を教えなかったのも、記憶と力の封印を解かなかったのも、全てはお前を危険にさらしたくなかったがため」
「水くさいぜ、ももピー。俺たち、そんな程度の間柄だったのかよっ!」
「ピーチを責めてはならんぞ、ようすけ。全てはお前のことを思えばこそ」
「解ってる。解ってるけどよ……!」
 自分が何も知らなかったことが、情けないやら悔しいやら。
 歯噛みして涙を流すようすけ。
 そんなようすけを見ながら、父はため息をつき、呟く。
「だが……それが、まずかった」
「え?」
 疑問の声を上げるようすけ。
 父・ウラガーノは、沈痛な面持ちで言う。
「お前の力と想いが大きすぎ、記憶の封印に揺らぎと歪みが生じていたのだ。ようすけ、お前自身は気付かずとも、無意識ではピーチの置かれている状況を薄々感じていたのだろう。そこに先程お前の言った『水くさい』と言う思い。だが、記憶が封印されているから、無意識のそんな思いには気付けない。そういった行き場のない感情が、ストレスとなり剥離しかけたのだ。そこにつけ込んだ者がいる」
「どういうことだよ、父さん!」
「そいつは『マイスター』と言う男だ。奴はお前からその剥離しかけた感情と共に、悪魔族としての記憶と力を奪い取り、絶望と憎しみを植え込み、お前の分身として独立した存在を創り上げた。それこそが先程愛天使たちと対峙していた男、ヴィー・マリオン!」
「ヴィー……マリオン!」
 真剣な顔で、その名を呟くようすけ。
「ようすけ。今のお前は悪魔族としての力と記憶を抜かれている。だから、ピーチのために力と記憶を取り戻したくとも、それはできない」
「そんな!」
 叫ぶようすけに父は解っているという風に。
「だが、ヴィー・マリオンを倒せるのは奴の本体たるお前だけだ。なればこそ今、お前のもう一つの力を目覚めさせる」
「もう一つの、力?」
 驚くようすけ。ウラガーノはまたもや力強く頷いて。
「そうだ。ピーチと共に在るお前の人間としての力を目覚めさせる。かつて、お前が悪魔族として覚醒するためには、通常量を超えた大量のウェーブ・フォースを必要とした。それはなぜか? 簡単だ。その力が、お前の悪魔族としての力を必要以上に押さえ込んでいたからだ。人間の力がな。それを目覚めさせる」
「人間の……力……」
 ようすけは、じっと両手を見つめる。
 ウラガーノはそんなようすけに手をかざすと、ゆっくりと力を込める。
 父の胸の紋章が淡く輝くのをようすけは見た。
 そして、ようすけの体の周囲に、いつの間にか金色と銀色の粉が舞い出す。
「これは……」
 呟くようすけ。舞う粉の中で感じていた。自分の中に眠る大きな力が、目覚めつつあるのを。
「それこそが、お前の力。お前の人間としての力」
 粉はようすけの左手に集い、それは凝縮して、中央にクリスタルの半球が埋め込まれている指出し手袋になる。
 同時にようすけは気付いた。自分が胸に桃の花の刺繍をしてある、薄桃色のモーニングを着ていることに。
 そして耳に届く、自分を呼ぶももこの───愛天使ウェディング・ピーチの声。
 ウラガーノは優しく息子に向かって言う。
「さぁ、戻るがいい、我が息子よ。その力で悪魔族としての記憶と力も取り戻し、2つの力でピーチを助けよ!」
 その言葉にようすけは力強く頷くと、元来た道を走り出す。
「解った! ありがとう、父さん! 会えて嬉しかった!」
 そう言いながら。
 去っていく息子の背中を見送り、ウラガーノは笑う。
「ふ……。逞しくなりおって」
 そう言うと冥界の方へと足を向ける。だが、少しだけ後ろを振り向いて。
「これからが大変だぞ。がんばれ、息子よ……」
 ぽつりとそう呟いていた。


「ようすけ! 目を覚まして!」
 ようすけを抱き、叫ぶピーチ。それをかばう愛天使たちとリモーネ。
 その様子を見ながらヴィーは瞳を閉じ、首を横に振って言う。
「無駄な事を」
「何ィ……!」
 じりっと前に出ようとするデイジー。
 だが、リモーネが押し留め、代わりに一歩前へと出る。
「無駄とは思わぬ。ようすけは何としても助ける」
 静かに言うリモーネ。だがヴィーはなおも首を横に振り。
「無駄だな。ようすけは俺に殺される。それが運命」
 そしてヴィーは目を開く。同時に、デストロイ・ウェーブが放たれる。
『うわぁっ!』
 すさまじい圧力が下からリモーネたちを襲い、そして上空へと弾き飛ばす!
 中空で体制を整え直して浮かぶリモーネ。
 羽を出して空を滑空して、体の位置を立て直すリリィ、デイジー、サルビア。
 再び4人でヴィーへ立ち向かおうと突っ込むが、その途中で見えない壁に阻まれる。
「な……こいつは!」
 驚くデイジー。
「不可視の……デストロイ・ウェーブによるバリアーか!」
 叫ぶリモーネ。
「そんな! セレーソ様やリモーネ様でも手こずるあのバリアーですの!?」
 焦るリリィ。
「構わん! 力づくで破ってくれる!!」
 叫んでサルビアはツイン・ソードを振り上げるが、その刃はバリアーに当たった瞬間、あらぬ方向にはじかれてしまう。
「ぐっ……」
 バリアーを睨むサルビア。
 その下で、ヴィーはピーチとようすけに近付いていく。
 ようすけを大地に横たえ、ヴィーと対峙するピーチ。
「させない! あたしがようすけを守る!」
「無理だ。愛のウェーブでは、俺は倒せん。万が一に倒せても、その時はようすけを殺してしまうだろう。愛のウェーブで俺を倒すなら、ようすけを見捨てることだ。そうすれば、俺は消滅し、世界が救われる。世界か、ようすけか……どちらを選ぶ?」
「世界もようすけも、あたしは見捨てないわ!」
 必死に答えるピーチ。だがヴィーは笑いながら。
「2兎追う者は1兎をも得ず。ピーチ……ならばお前は、何も守れはしない。いいだろう、ならばせめてこの俺が絶望を与えてやろう」
 そしてヴィーは再びデストロイ・ウェーブの衝撃波を放つ。
「ああぁぁぁぁぁーっ!」
 吹き飛ばされるピーチ。ようすけに近付いていくヴィー。
 ピーチはよろよろと立ち上がってようすけの横に行く。
 しゃがんでようすけの体を抱き起こし、彼の体をかばうように、ヴィーに背中を向けた。
「ようすけ……」
 呟くピーチ。その瞳から涙が溢れる。
 愛する人を守れない悲しさか、自らの未熟の悔しさか。
「ようすけ、ようすけ、ようすけ……」
 ピーチから溢れる涙が、ようすけの体を濡らす。
 その間にも、ヴィーはじわじわと近付いてくる。
 一気にとどめを刺さないのは、焦らすため。ピーチに少しでも長く、絶望を感じさせるため。
 だが、その時も終わりが近付いている。
 いずれヴィーはすぐ側に立ち、無慈悲たる刃をピーチとようすけに突き立てるだろう。
 ピーチから流れる涙が、ようすけの頬を濡らし、肩口を濡らす。
 抱きしめていたようすけの体を少し離し、彼の顔を見るピーチ。
 自分の涙で濡れた頬に手を添えて。
「ごめんね……ごめんね、ようすけ……こんな事になっちゃって……」
 心からの言葉。それは巻き込んでしまった事への侘びか。
 それとも、自分が勝手にようすけの記憶をいじってしまって、こんな結果を生み出してしまった事への後悔か。
 なおも流れるピーチの涙が、ようすけの左手の甲に落ちた。
 その瞬間、涙が落ちた左手に静かな波紋が渡った。
 ただ、それは小さく静かなウェーブの波紋。故に誰もそれに気付かない。
 デストロイ・ウェーブに阻まれた天使たちもヴィーもピーチも。誰も。
 左手の波紋はゆっくりと収束すると、いきなり弾けた。
 弾けた後に残るのは、手の甲の中央に半球の水晶が埋め込まれた、指出し手袋。
 手袋をはめた左手がぴくり、と動く。
 その変化に一番最初に気付いたのはヴィーだった。
 ようすけの動いた左手を見て、血相を変える。
 今まで余裕に満ちていたヴィーの顔が恐怖を交えた怒りに歪んだ。
 ゆっくりと近付いていたヴィーが、いきなり走り出す。
「死ね! ピーチ! ようすけ!」
 一気に剣を振りかぶる。
「ようすけっ……!」
 瞳を閉じて、ぎゅっとようすけを抱きしめるピーチ。
 刹那───。
 ヴィーの悲鳴が上がった。
 一瞬、何が起こったのかが解らなかった。
 そんなピーチに、ようすけの声。
「よぉ、ももピー」
 かけられた言葉に、ピーチはばっとようすけから体を離し、彼の顔をじっと見る。
 ようすけの顔には生気と笑みが溢れていた。
「ようすけ……?」
 何が起こったのか解らず呆然とするピーチ。
 ようすけはそんな彼女の頭を右手でくしゃりと撫でてやる。
「悪かったな。もう、大丈夫だ」
 言いながらようすけ。撫でていた右手でぐいっとピーチを押して、優しく自分から離す。
 そしてようすけはゆっくりと起き上がる。ピーチに視線を合わせて力強く言った。
「後は俺に任せろ」
 立ち上がるようすけ。見上げるピーチ。
 ふ、と。ピーチはヴィーの方を見る。
 ヴィーは苦痛の表情で、自らの右肩を押さえていた。
「う、ぐ……よ、う、すけぇ……」
 憔悴した怒りの表情でようすけをねめつけるヴィー。
 押さえている肩には、銀色の矢がつき立っている。
 ピーチはようすけの方に視線を移した。
 ようすけの左手には、クリスタルのはまったグローブ。そして銀色の弓が握られていた。
 ヴィーは自らの肩を貫く矢を憎々しげに見て、その矢を抜こうと押さえていた手を矢にかける。
「ぐうっ!」
 気合いを入れるヴィー。だが、矢は抜けない。
 それを感じてヴィーは再びようすけを睨んで静かに言う。
「この……っ。イノセント・ウェーブの矢か。ようすけ、貴様『ピーチ』の『モーニング・ナイト』として目覚めたな!?」
 その言葉にようすけ。ヴィーを同じように睨んで。
「そんな事は知らねぇよ。けどな、俺のももこに酷い真似をして、ただで済むと思うなよ」
 真剣な顔のようすけ。ピーチの顔が場違いに赤くなる。
「ようすけ……」
 ぽつりと呟くピーチ。ようすけはそんな彼女には構わず、ゆっくりと。
「悪ぃが、俺はな……」
 言葉と共に、銀の弓が光の粒子となり、ようすけの左手甲にあるクリスタルに吸収される。
 そしてようすけはクリスタルをヴィーに向けると、思い切り叫んだ。
「本気で怒ってるんだ!」
 ようすけのクリスタルに一瞬、ラファール族の紋章が浮かぶ。
 同時にヴィーにつき立っている矢がバリバリッ! と音を立て、黒い稲光に包まれる。
「があああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
 ヴィーの悲鳴。銀の光矢が鉛色に変わる。
「俺の記憶と力、返してもらうぞっ!」
 ようすけの言葉と共に、鉛色の矢はヴィーから離れてエネルギーの球となり、一直線にようすけのクリスタルへと戻る。
 クリスタルの紋章がひときわ鋭く輝き、そして消えた。
 同時に、ようすけの額から頭へ突き抜ける、鋭いショックが響いた。

 茨の魔樹と妖魔たちの中。絶望としか言えない地獄のような光景の中で、愛を信じ続けた2人。
 敵の放つ憎悪のウェーブに打たれながら、2人は手を繋いで互いの想いを通じさせる。
「たとえ、相手が……種族の違う、天使でも……」
 手を出すヴィエント。
「たとえ、相手が悪魔でも……」
 それを受けて同じようにピーチも手を伸ばす。
『愛し合う心は、一つ……』
 抱き合い、唇を重ねる2人───。

 頭に浮かんだ光景。
 気がつけば、ようすけの瞳から涙がこぼれ落ちていた。
「くっ……」
 目頭を押さえるようすけ。
 ピーチはようすけをのぞきこみ、慌てながら。
「ど、どうしたの、ようすけ!」
 ようすけは目頭を押さえながら言う。
「いや、自分の記憶なのに、ついつい感動しちまった……」
「え?」
 何を言われたのか、訳が解らなくなるピーチ。
 だが、ようすけはそれに構わずにヴィーの方に視線を移す。
 ピーチもまたそれに続いてヴィーを見る。
 ヴィーのマントから、彼の右手が出ていた。
 だがその右手は、先程まで剣を握っていたような普通の手ではない。
 まるで人形の手だった。画材屋で売っている、ポーズ用のモデル人形のような手。しかも焼け焦げて所々黒くなっている。
「ぐぅ……っ」
 右手に力を入れようとするヴィー。だが、力の抜けたその手は、ぴくりとも動きはしない。
「くそっ!」
 ヴィーは毒づくと、残った左手を器用に動かして、着ている白いフードマントを脱ぎ剥ぐ。
 ばさっ……! と言う音と共に現れたのは、漆黒の袖無しタイツに同色の前垂れという出で立ち。
 前垂れの縁には樹木の如き飾りの縁取り。そして左肩に同じあしらいの、飾り毛がついたショルダーガード。
 ショルダーガードからタイツの上、胸には小さくラファール族の紋章。そこから左右の両肩両腰へ交差に延びる飾り襷。
 両手には同様の飾りがついたガード・ブレス。さらに右の二の腕にはツタの如きあしらいの飾りが巻き付いている。
「よくもやってくれたな、ようすけ!」
 ヴィーは叫ぶと、動かない右腕をぶちり! と左手で引きちぎって横へ投げ捨てる。
 そして再び空間から剣を出すと、それを左手で持ち、構える。
 一方でようすけ。
「ふざけんな! やってくれたな、はこっちのセリフだ! 俺の記憶と力、全て返してもらうぜ!」
 そう叫ぶと、左手をつきだして縦に拳を握る。
「トライハート・アーチェリーっ!」
 ようすけの叫びと共に、再びクリスタルが銀色に輝き出す。
 輝くクリスタルから銀の粒子が舞い散り、その粒子はようすけの握る拳へと集い、一振の弓へと変わる。
 ようすけは右手で弓の弦をぎりりっと引く。すると弦を引ききったと同時に、銀色の矢がつがえるように現れる。
「覚悟しやがれっ!」
 ようすけはそう、大きく叫んだ。

 これまでの様子を上空から見ていたあさぎ。ぽつりと呟く。
「ふ、ん……2人目のモーニング・ナイト、か。さすがは司令、グッドなタイミングで目覚めたわね。デストロイ・ウェーブに対抗するには、確かにイノセント・ウェーブが最も効率がいいわ。イノセント・ウェーブは人間の力。原初にして、最も強き、愛憎を超えたウェーブ。うん、これで戦いの趨勢は完璧に愛天使側に傾いたから、結果オーライってところかな?」
 言いながら、まだあさぎは動かない。
 じっと、下の様子をまだ見守りながら言った。
「あたしが動くようなことが、無ければいいけどね、ホント……」

 ようすけの叫びと共に、じりっとヴィーが前に出ようとする。
 が、その時。ヴィーの横に誰かが立った。
 先程までヴィーが着ていたのと同じ、白いフードマント。そして顔の全てを覆う、白いのっぺりとした仮面。
 いきなり出てきたそいつは、ヴィーに言う。
「ヴィー・マリオン、戻れ。この場は退くのだ」
 ヴィーは仮面の男を見て言う。
「レーグか。うるさい! 所詮は『マイスター』に拾われた、はぐれ悪魔のお前が俺に意見するのか?」
 するとレーグ。ゆっくりと。
「これは俺の意見・命令ではない。我らの『マイスター』が直々に下された判断による命令なのだ」
「何だと!?」
 同時に。空に大きな映像が浮かぶ。
 映っているのは、ロマンスグレーな初老の男。その顔には、黒い尖ったフォルムの目だけを覆う仮面が乗っている。
 男はゆっくりと言う。
「ヴィー・マリオン。この場は退くが良い」
「しかし、マイスター!」
 男───マイスターに何かを言おうとするヴィー。だがマイスターはじっとヴィーに視線を向ける。
 数瞬の時が過ぎただろうか。やがてヴィーは一つため息をつくと、ようすけたちに向かって言う。
「ようすけ! ピーチ! 今はここで退いてやろう。だが、俺は近いうちに必ず、再びお前たちの元に現れる!」
 そして後ろを振り向くヴィー。
「逃すかっ!」
 銀の矢を放つようすけ。だが、ヴィーはそのまま掻き消えるように姿を消す。矢は中空をつんざき、飛んでいって消えた。
 一方レーグは、その間は何も言わず、ゆっくりと周囲に向かって礼をして、ヴィーと同じように消えた。
「っ、きしょう!」
 毒づいて弓を戻すようすけ。
 すると、その言葉に反応するかのように、ヴィーが捨てた腕がかたかたと震えて鳴り出す。
 腕からいくつも木の根が張り、若々とした芽が出て来る。
「な、これは……」
 一瞬、我が目を疑うようすけ。
「何? 一体、何が起こってるの?」
 ようすけの横から腕を見て驚き、状況が把握しきれないピーチ。
 次の瞬間───芽と根に覆われた腕が、かっ! と光った。
 凄まじい衝撃波の奔流がピーチとようすけを襲う。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
 上の方、天高く吹き飛ばされる2人。
 ピーチはようすけの手を何とか握り、天使の羽を開いて眼下を見下ろす。
 ピーチの腕からぶら下がっているようすけも、同じ方向を見る。
 先程までバリアーを破ろうとしていた愛天使たちも、呆然と先程までヴィーの腕があった位置を見つめていた。
「こ、こいつは……」
 デイジーが呟く。ヴィーの腕があった場所には、小さな木が、急速な成長を遂げながら植わっていた。
「まさか! こんな事があるはず、ありません!」
 リリィが叫ぶ。その木の色は紅く、全体に禍々しいトゲを生やしていた。
「バカな。なぜ、こんなモノがこんなところに!」
 サルビアも叫んだ。木の周囲の地面から、同様のフォルムをした根が浮かび上がる。
 リモーネも驚愕の表情を浮かべて。
「魔の樹だと……!? レインデビラは浄化された。もはや、そんなものは存在しないはずだ!」
 そう。ヴィーの残した腕は芽と根を生やし、魔の樹へと変化を遂げた。
 天使たちの叫びに、映像のマイスターは笑みを浮かべて。
「魔の樹、か。お前たちはそう呼ぶのだな。我々はこれを『宝樹』と呼んでいるが」
「宝樹、だと……?」
 マイスターを見上げて呟くようすけ。すると、マイスター。
「そう。我らが破壊神のお力の顕現。これぞ我らが力の証明たる『宝樹』よ」
 ここでマイスターはゆっくりと礼をすると、朗々と語り上げる。
「お初にお目にかかる、愛天使たちよ。我はマイスター。マイスター・ピュグマリオン。偉大なる破壊神・オルフェウス様に仕える大神官にして、世に放たれし『パーフェクター』たちの主。貴君ら並びに天使界・悪魔界の目をそらすため、あらゆるはぐれ悪魔を人間界に導き、また復活させ続けた者」
「何ですって!?」
 叫ぶピーチ。そのピーチからぶら下がる格好でようすけも叫ぶ。
「お前か、俺から悪魔族の記憶と力を抜き取ってヴィーを創り、奴にももこたちを襲わせたのは!」
 ようすけの問いにマイスターはふっと笑って肯定する。
「そうだ。パーフェクターの創造技術においては、なかなかに面白い実験──テスト・ケースの一つではあった」
「実験ですって……?」
 ピーチの呟き。マイスターは言葉を続ける。
「そう、我々は周到な準備を重ね、お前たちに気取られぬよう、年月をかけて数多きテスト・ケースを続けてきた。破壊神様の意志の顕現の御為に」
「破壊神、だと!? あの黙示録を贄として壊せば復活するという、あれかっ!」
 叫ぶデイジー。その言葉にマイスターはほう、と呟き。
「そうか、お前……エンジェル・デイジー、と言ったか。あの『オルフェウスの黙示録』の秘密に気付いたな?」
「気付いたのは俺じゃない。B.B.とか言う奴が残したメモがあったんだよ」
 デイジーの言葉に、マイスターは舌打ちする。
「おのれ、ブック・レット・バトラーめ……死してなお、我が邪魔をするか」
「!?『バトラー』?」
 サルビアの呟き。だが、誰もそれには気付かない。
 すると、デイジーがマイスターに向かって叫ぶ。
「させねぇぞ! メモにはお前の狙いは、破壊神の降臨だとあった。絶対にそんな事、許さねぇ!」
「意気だけは一人前だな。だが、愛天使たちよ。お前たちに私は倒せぬよ」
「ンだとぉ……!」
 マイスターの言葉に剣呑な表情を浮かべるデイジー。
 それに対してマイスターは余裕の表情を浮かべて。
「私のバリアーも破れぬ者が、どうやって私を倒せる? 現に宝樹は成長を続けているというのに、お前たちにはそれを止める手だてすらない」
「何っ!?」
 言われて魔樹の方を見るリモーネ。
 樹はもはや人の身長を超えるほどの高さにまでなりつつある。
「いかん! あれを成長させてはならない!」
 叫ぶリモーネ。宝樹は大きくなり、地から根を出し、周囲の気絶している人々に触れる。
 根に触れた人々は、その場で服すら残さず消滅していく。
 そして、木の幹には吸収された人々の顔が浮かび、悲鳴の如き声を上げていく。
「……人を!」
「何という事を!」
 口々に叫ぶピーチとリリィ。
 同時にマイスターの哄笑が響いた。

 なおも遙かな上空から状況を静観し続けいたあさぎは、事ここにいたって始めてその表情を変えた。
「……やはり『ヴァンヤン』魔性宝樹!おのれ『マイスター』め、人間界で再び何という真似を!」
 死神の鎌を握り直すあさぎ。体制を整えて、下へ降りようとする。
 が、そんなあさぎの下を猛スピードでカッ飛んでいくものがあった。
「!? あれは……WASシステム?」
 そう。あさぎの下を飛んでいったのは、サンライザー。
 サンライザーは宝樹に向かって一気にひた走る。
 それをあさぎは困ったように眺めながら言った。
「いや、こりゃ、参ったわ……彼がいちゃ、あたしが出ると、せっかくの布石が……どうしよう」

「さぁ、どうする? 愛天使たちよ。どのように私の施した、デストロイ・ウェーブのバリアを解き、あの宝樹を浄化する? 私はそれをゆっくりと見させてもらおうか」
 マイスターの言葉。その余裕がにじみ出る声。
 愛天使たちとリモーネは急いでバリアを解こうと攻撃を続ける。
 だがその攻撃のどれも、バリアに傷を与えることもできない。
「くそぉっ! このままでは人間界が……!」
 叫ぶサルビア。
「一刻も早くしねーと、人々がどんどん……っ!」
 焦りの表情を浮かべるデイジー。
「でも、わたくしたちの力では、このウェーブは……!」
 思わず泣きが入るリリィ。
「だめよ、あきらめちゃ! 何とかして、バリアを破らないとっ!」
 ピーチは叫ぶと、ようすけから片手を離そうとする。
 が、そのとたん体制を崩し、その場から落ちそうになる。
「うわっ!」
 悲鳴を上げるようすけ。慌ててようすけの両手を握り直すピーチ。
「ど、どうしよう……両手が塞がって、技が……!」
「手を離して俺を下に降ろせ、ももピー! 俺なら大丈夫だから!」
 叫ぶようすけ。だが、ピーチは血相を変えて叫ぶ。
「バカ言わないで! そんな事、できる訳ないじゃないっ!」
「そうだ、ピーチ! ようすけから手を離すな! ここは私たちが何とかする!」
 言って剣を振り上げるリモーネ。だが振り下ろす剣はやっぱりバリアに阻まれる。
「せめて、このバリアを破ることが出来れば……っ!」
 サルビアの焦燥を含んだ言葉。
「バリアを破ればいいんだな?」
 それに答えた者がいた。天使たちでは、無い。
 答えは愛天使たちのさらに上空から聞こえてきていた。
 見上げる天使たち。
 そこには、ストリングス・チェイサーに乗った、サンライザーの姿!
 サンライザーはチェイサーから飛び降りる。
 同時にチェイサーはぐるりと上下を逆転させた。
 横になっている2つのタイヤ。それぞれを支えているスポークが伸び、前輪のスポークがチェイサーのヘッドライトの上に覆い被さる。
 一方で後輪のスポークが付け根でくいっと折れ曲がり、下になっているチェイサーの後部からサドル・ハンドル・計器類・フード……そういった諸々の装備類を飛び越え、ヘッドライトの下へと据えられる。
 下になったサドルが、サンライザーの右肩へと乗る。すかさず右手でチェイサーを支えるサンライザー。
 左右のハンドルが折れ曲がり、地面に対して垂直となり、サンライザーはそれを左手でぎゅっと握りしめながら叫んだ。
「ハイパー・ストリング・キャノン! 起動(セット・アップ)!」
 サンライザーの声に反応し、フードがちかちかといろいろなグラフや照準円を示す。
 鎧のシステムが低いタービン音を立て、全身から湧き出てきた金色の粒子が、サンライザーを覆う。
 そのうち『ハイパー・ストリング・セオリー・システム・シンクロン・スタート』だの『ウェーブ・システム発生』だのと言う声が響く。
「もう、ライジング・キックを放つ余裕は無い……これに全てを賭けるっ!」
 そしてサンライザーのバイザーとフード、その両方に『Analyses-Complete』の表示が浮かぶ。
「Fire!」
 叫ぶサンライザー。同時に、握っていたハンドルを、一気に手前に引き寄せる!
 こうっ……! と、大きな音が響いた。
 ヘッドライトから黄金色の光を伴う、凄まじいウェーブが放たれる。
 光が一直線にバリアへと届き、その瞬間バリバリっ!と、とてつもない音が響いた。
「きゃあっ!」
 思わず退がる愛天使たち。見えないバリアが青白く濁り、見えるようになる。
 そして、パキィン……! と言う音と共に青白いバリアは一気に砕けた。
 ストリングス・チェイサーから放たれたウェーブの奔流はそれでは収まらず、一気に魔樹の幹まで突き抜ける!
 ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!! という、鳥肌まで浮かびかねないほどにおぞましい宝樹の悲鳴が飛んだ。
「こ、こんな事まで……!」
 驚愕するリモーネ。サンライザーの方を振り向く。
 愛天使たちもそれに倣った。
 するとサンライザーは全身からまたもや火花を散らしながら、体勢を崩す。
 サンライザーの肩から、ストリングス・チェイサーが離れて先に落ちる。
 バイクの後を追って、サンライザーもまた落ちる。
 いくら鎧を着ているからと言っても、普通の人間がこの高さから落ちれば、まず助からない。
 真っ先に動いたのは、またもサルビアだった。
 サンライザーを抱きかかえ、叱咤する。
「バカっ! また、何て無茶を……!」
 サルビアは皆まで言う事が出来なかった。
 サンライザーから力が抜けている。
 一瞬、死んだのかと思って表情を堅くしたが、そうではない事にすぐに気付く。
 気絶しているのだ。
 サルビアはほっとした表情を見せて。
「全く、本当のバカだな」
 言うと先に落ちたチェイサーの上に、ゆっくりとサンライザーを横たえてやる。
「だが、そういう奴も……悪くはない」
 サンライザーを見下ろしたままで言うと、ざっと回れ右をして魔樹の方を向く。
 そこでは、仲間たちが魔樹に対して、攻撃を仕掛けていた。
 一方でマイスターが歯噛みして呟く。
「おのれ。今のはブックの奴が遺しおった代物だな? さても憎きバトラーの血族めが!」
 サンライザーとサルビアのいる周囲から、魔樹の根がぼこりっと湧き出る。
 サルビアはセント・ツイン・ソードを構えて叫んだ。
「そうはさせん。先程からのこと……こいつには、大きな借りがある!」
 迫り来る魔樹。サルビアはツイン・ソードでそれらを一気に切り伏せる。
 それでもマイスターは余裕の表情で。
「ふ……。バリアは破られたが、まだ終わらぬ。この宝樹はお前たちが知るものより、さらなる改良を重ねているのだ。どうあがこうと、貴様等にこの宝樹は浄化できん!」
「なんだと!?」
 叫ぶリモーネ。マイスターは勢いのためか、さらに口走る。
「そう……あれも、我々のテスト・ケースの一つだったな。以前、我々が何かの時のため布石として、次元を掘り抜いて作り上げたいくつかの通路。そのうちの天使界と悪魔界を繋ぐ、もはや誰も使わず忘れかけていた次元路にある時、悪魔族の小娘が迷い込みおった」
「ま、まさか……!」
 嫌な予感を胸に、マイスターの話を聞くピーチ。
「少し見ていると、あの小娘、天使界に迷い込み、ある天使に恋をしおったようでな……笑うではないか。本来、愛という感情を持たぬ悪魔族が恋をする。おそらくは突然変異体であったのだろうな。で、私は実験を一つ、してみたくなったのだよ」
「実験、だと!?」
 叫ぶデイジー。
「そう。その天使には既に恋人がいて、やがて結婚するであろうと解っていた。小娘の恋は実らず、破局するとな。故に私はその小娘が通路を使っている間に、密かに宝樹の種を植え付けておいたのだ。もちろん、気付かれないように、な。小娘の感情が宝樹を育てるのか、枯らすのか。育てえたとして、小娘はどうなるのか。悪魔族のままか、パーフェクターとなりえるのか。そういった、ちょっとしたモルモットになってもらったのだよ」
「何という事を……っ!」
 あまりの事に驚きが隠せないリリィ。
「結果はデータとしては素晴らしいものだったが、失敗だった。小娘は宝樹の副作用で、理性を失い暴走を始めた。これでは『パーフェクター』にはほど遠い。ただの失敗作(ミスクリエーション)に過ぎぬ。次に宝樹は小娘の感情ばかりか肉体や精神をむしばみ、死へと導きかけた。またそれは、宝樹自身の成長過程において年代を追うごとに弱体化するという現象も招きおった。これはいかん。世界の破滅するその日までは、宝樹は生き続けねばならん。だが、このままでは小娘ともども共倒れになってしまう。まぁ……自らが破滅に向かう過程として、天使界を滅ぼして世界そのものも破滅させようという思考になるのは、なかなか良かったがな。だがそれも、お前たち愛天使によって阻まれた」
「つまり、それは……!」
 緊張の面持ちで呟くサルビア。
 マイスターは得意そうに言う。
「小娘が天使界における聖サムシング・フォーの発露によってはじかれたのは、小娘の嫉妬の感情ゆえの事ではない。もしもそうならば、聖サムシング・フォーの発露によって感情は浄化されるからだ。小娘が聖サムシング・フォーによってはじかれた、本当の理由。それは、破壊神の力の顕現たる宝樹の種を持っていた───我々が、それを植え付けたからに他ならぬ。宝樹とその種はこの世界にとっては最も忌避すべき物の一つ。故に、世界の平和と安寧を守る聖サムシング・フォーは、それを宿主と共に天使界より弾き飛ばした。嫉妬の感情が浄化されなかったのは、それを宝樹が守ったがゆえ。おぉ、そうだ……アヴェルスと言ったか、あの小娘の名は。宝樹の力を引き出してよりは、レインデビラと名乗っておったようだが」
『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
 愛天使たちもリモーネも、驚愕を隠せない。
 それはそうだ。ここにいる皆、いや、天使界も悪魔界も、レインデビラを縛っていた魔樹はレインデビラ自らが生み出した物だと信じて疑わなかったのだ。それが、まさか仕組まれたものだったとは!
「そ、そんなはずはありません! 魔の樹はレインデビラが嫉妬の果てに生み出したもののはず!」
 当然の疑問を口にするリリィ。
 マイスターは余裕を振りまくように答える。
「聖サムシング・フォーがアヴェルスに見せた真実……それも間違いではない。確かにあの小娘の嫉妬の感情こそが、宝樹を身の内より発現させ、逆に取りついたのだ。だが普通、悪魔族の体内にどれだけ愛が発現し嫉妬の感情が起ころうとも、嫉妬の宝樹など発現しない。それでも宝樹がアヴェルスより発現したのは何故か。本来出ないモノが出るとなれば、それは仕組まれたモノ。そう、我々が仕組んだのだ。だが、アヴェルスは我々の存在など知らぬ。故にあの小娘は、自分に心当たりのあるモノの中でもっともそうと思えるもの───天使界が仕組んだものと思いこんだのだ。我はその全てを見越した上で、アヴェルスに気付かれぬよう、奴の内に仕込んだのだよ。宝樹の種を!」
 哄笑を上げながら語るマイスター。その表情は、長きに渡って保ってきた秘密をばらす快感に歪んでいた。そして最後に。
「解るかね? 聖サムシング・フォーが諸君に見せた出来事も真実。だがそれは真実を全て語っていたわけではない。そういう事だ」
 あまりの言葉に、色を失う天使たち。しかもその元凶は、今もこうして災いを振りまいている。
「貴様か!? 貴様が天使界と悪魔界の争いを……!」
 叫ぶサルビアにマイスター。
「そうだ。この私が、天使界と悪魔界の戦いを導いたのだ。小娘に魔樹を植え付けることによってな。それは、なかなかに楽しい退屈しのぎではあったぞ。私は手を汚さずして、本当のことを何も知らずに、数多くの天使や悪魔が破滅へと向かい死んでいく様は、まさしく快感であったわ! 全く、心───特に恋愛感情ほど、操りがいのあるものはない!」
 マイスターの哄笑が再び響く。それは紛れもない、下司の笑い。
 彼の笑いに乗って、愛天使たちの脳裏にあの戦いが。数多くの犠牲者を出したあの戦いの光景が浮かぶ。
 特にサルビアの心の中にある、彼女の目の前で命を落とした友人の顔。その顔が強く頭の中に映る。
 気がつけば───!
「貴ぃっ様ぁああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
 天をも揺らすが如きサルビアの怒号が、マイスターの哄笑を打ち消すように響く。
 セント・ツイン・ソードを振りかぶって、マイスターの映像へと突っ込むサルビア。
 マイスターはニッと表情を変えて。
「かかったな……!」
「何!?」
 マイスターの態度を見て眉を動かすサルビア。
「いかん、サルビア!」
 襲ってくる魔樹の根を払いながらのリモーネの叫び。
 サルビアの前の地面から魔樹の根がぼこっと生えてくる。
「はぁっ!」
 気合一閃! セント・ツイン・ソードが根を凪ぎ斬る。
「こんなもので、この私を───」
 サルビアの言葉をリモーネが遮る。
「そっちじゃない! 後ろだ!」
 叫びに反応して後ろを振り向くサルビア。
 そちらでは、魔樹の根が気絶しているサンライザーに襲いかからんとしていた。
「しまった!」
 不覚をとった表情を見せるサルビア。
 そう、マイスターが朗々と話をした狙いは、初めからサルビアをサンライザーの側から離すことにあったのだ。
「まずは一番の憂い! ブックの遺せし力を滅してくれよう!」
 根がサンライザーに迫る。追うサルビア。だが、間に合わない。
 魔樹の根がサンライザーへと触れた。
 その場にいる誰もが、サンライザーの最期を予感する。だが───。
 ザシュ……! と、何かが宙を一閃して樹の根を凪ぐ音が聞こえた。
 サンライザーの上に黒いマントに黒いフードの姿の人物が浮いている。
 斬られた魔樹の根はそのまま消えていく。
 その魔樹を斬った人物の手には、死神が持つ大鎌が握られていた。
 マントにフードの人物を見て、リモーネがぽつりと呟く。
「め、冥天使! 死の国・冥界の使い……!」
「冥天使!? あれが……!」
 リモーネの言葉に反応して、リリィも叫ぶ。
 冥天使はふわりとサンライザーとサルビアの間に着地すると、リモーネの方に視線を向けて。
「ダメですよ、リモーネ様。私たちの存在を、そんなに軽々しく愛天使たちの前で口走るなんて」
 静かな、されど非難めいた口調でリモーネをたしなめる。
 その声にサルビアはぴくり、と反応して呆然と冥天使を見る。
 サルビアの様子には関心を示さず、冥天使──あさぎは、魔樹の方を見る。
「さ、て。仕事を始めましょう。あの魔性宝樹を始末しないと」
 言うとあさぎはゆっくりと前に進む。
 呆然としたままのサルビアの横を素通りするあさぎ。
 そのままあさぎは前へ進もうとする。だが。
「待て!」
 サルビアが呼び止めた。あさぎの足が止まる。
 あさぎの背中に向かってサルビアはゆっくりと言う。
「冥天使……とか言ったな。天使界で最も忌み嫌われる、堕天使以上の天使族の恥さらし……。それくらいは私も知っている」
 この言葉にも、あさぎは反応しない。ただ、目深にかぶったフードの口が笑うように歪むだけ。
 サルビアはそんなあさぎに、さらに言う。
「天使であるのに『死』という悲しみと不浄を扱う。故に天使界から冥界に墜ち、天使・悪魔・人間の魂を奪う。そう聞いている」
「サルビア! それは……!」
 焦る表情で何かを言おうとするリモーネ。だが、あさぎはそれを手で制して。
「その通りよ。あたしたちは冥界に墜ちて『死』を司る、天使族の恥さらし。間違いではないわ」
 そう答えたあさぎに、サルビアはごくりとのどを鳴らして、いきなり言った。
「フードを取ってもらおうか」
 この言葉は思ったよりも周囲に響いた。
 静寂が広がる。それに水を一滴だけ打つように、再びサルビアの声。
「初対面の者に顔を隠し、失礼ではないのか? フードを取れ」
 あさぎは答えない。そのかわりに再び歩みを前へと進める。
「貴様っ!」
 ツイン・ソードを振り上げ、あさぎへと斬りかかるサルビア。
 あさぎは前を向いたまま、ソードを鎌で受ける。カシィン……! と、澄んだ斬り結びの音が響いた。
 ソードを受け止めたままで上を──マイスターの画像を見上げるあさぎ。
 マイスターはあさぎを見て、少し驚いたような顔をして。
「ほう……アサギ・ウタベ……死んだと思っていたがな」
 するとあさぎは微笑んで。
「死んだのよ。一度……いいえ、二度、かしら。とにかく死んだのよ」
「そうか。そして再び我の前に姿を現すか。今度は冥界の使いとして」
 マイスターの発した言葉。静かな声だったが、紛れもない憎悪が潜んでいることが、声色でありありと解る。
「いいえ? あたしは最初にあなたの前に姿を現したときから、冥界の使いだった。自分で知らなかっただけで」
「そうか……故にブックの奴をそそのかし、WASを開発させ、奴の息子と娘を産み落とし、我に歯向かう駒としたか」
「いいえ? 自分で知らなかったと言ったでしょう。それにそんなつもりも無かった。あたしは、あの人を愛していた」
 静かな後悔と自嘲が混ざる口調で、あさぎは言葉を続ける。
「それもまた、冥界の使いとしての運命だったかもしれない。でも、あたしはあの人を、そして家族を。運命とかそんなものなど関係なく愛していたわ」
 言いながらあさぎはツイン・ソードを力押しで弾く。
 そして再び前へと進む。その姿には、何をもってしても役目を全うしようと言う意志が、ありありと現れていた。
「だからこそ、許せない。あたしたち家族を陥れたあなたを」
 あさぎは言いながら死神の鎌の先をびっ!とマイスターの映像に突きつけて叫ぶ。
「マイスター・ピュグマリオン! 光と闇・愛憎のバランスを司り、命の輪を保つ役を持つ、冥界の王・ハーデス様の御名に於いて、天使界・悪魔界・人間界……それら現世をあなたの好きにはさせません!」
 するとマイスターはまた、息を漏らして笑う。
「よかろう。お前が出てきたというなら、今の所は分が悪い。宝樹は残すが、退いてやろう。だが、お前が花園町にいると言うことは、我々にとっては都合がいい……いや、しゃべりすぎたな。さらばだ」
 その言葉を最期に消える、マイスターの映像。
 同時に魔樹の動きがさらに激しくなる。
「なっ、これは!」
 驚くリモーネ。あさぎは落ち着いて言う。
「マイスターのコントロールから離れたせいで、魔性宝樹の力が無差別に働きだした───要は、暴走ね。これで少しでも、私たちの力を削げれば、とか思っているんでしょう。だからこそマイスターは退いて見せた。まったく、根性悪いったら……!」
 そこまで言ったとき。魔樹の根が不意にあさぎに迫る。
 間一髪で根を避けるあさぎ。だが、それはあさぎのフードをはじいた。
 あさぎは迫る根を一気に死神の鎌で切り落とすが、彼女のフードはぱさりと頭から離れる。
 露になる、あさぎの顔を見て、サルビアは息を呑んで呟いていた。
「フリージア……っ!」
 あさぎの声を聞いたときから、そうではないかと思っていた。
 彼女はサルビアが天使界にいたときの親友ではなかろうか、と。
 だが現実としてそれを目にすると、やはり驚きと動揺を隠すことは出来ない。
 サルビアは震える声であさぎに問いかける。
「……どうして? どうして、あなたが……あなたは、私の目の前で悪魔族に殺されて死んだ。私はその場面を見ている!」
 そんなサルビアに、あさぎは笑みを浮かべて答えた。
「死んだから、冥天使なの。冥界は死者の国。その地に住まうものは、天使も悪魔も人間も皆、等しく死者よ。だから、あたしも冥天使」
 この言葉にサルビアはなぜかリモーネを見る。
 リモーネは沈痛の表情で頷き言った。
「冥天使は、死んだ天使族や悪魔族の魂が冥界の王の導きを受けてなる。だから、死んだ友が冥天使として現れても、不思議でも何でもないのだ」
「そ、んな……!」
 ショックを隠しきれないサルビア。
 そんなサルビアにあさぎ──フリージアは背を向け、魔樹を睨みながら。
「今の私は詠部あさぎ。冥天使・フリージア! 死して冥界に墜ち、光と闇のバランスと死を司る冥天使! その誇りたるこの鎌にかけて、私は律によりその役目を果たす!」
 叫ぶとフードマントを一気に脱ぎ去り、黒き装束のファイター・エンジェル姿へ変じて、魔樹へと走り出した。
 死神の鎌を下段に構え、サンライザーの打ち抜いた幹の傷に、その刃を打ち込む!
 魔樹からまたも、おぞましい悲鳴が響いた。
 それを聞くとあさぎ───フリージアは手応えを感じたように一つ頷くと、そのまま宙を駆け上り、上昇を開始する。
 死神の鎌が魔樹を幹から葉先まで、一気に両断していく。
 魔樹の上空へと昇り、身を翻しながら鎌をくるりと回して振り上げるフリージア。
 次の瞬間、両断された魔樹が右と左、それぞれの方向へみしみしと大きな音を立てて倒れた
「す、すごいですわ……。これが、冥天使の力……」
「俺たちがあれだけ苦戦した魔樹を、一気に一刀両断だなんて……! 俺たちとは、力の質もレベルも違いすぎる……!」
 冥天使の力を目の当たりにして呟くリリィとデイジー。
「これが冥天使の平均的な力っつーんだったら、たくろうが俺を押し留めた理由も頷けるよ……」
 悔しそうに一人ごちるデイジー。
 だがフリージアは首を横に振って叫ぶ。
「まだよ! このままでは魔性宝樹はまた成長する!」
 ここでフリージア。ピーチと彼女の手にぶら下がっているようすけの方に視線を移して。 
「ピーチ! ようすけ君! あなたたちの力を!」
 いきなり言われた2人は、きょとんとして互いの顔を見合わせる。
 そんな2人にフリージアの声が飛ぶ。
「この場はあなたたちでないと駄目なの! セント・グレネードまで撃って疲弊した愛天使たちの力では足りないわ! 2人の愛を集中させて、今こそ新たなる力を!」
 だが彼女の言葉を聞いてサルビアが叫ぶ。
「何を言う! この程度のことで……」
 そこまで言うが、サルビアの膝が疲労でいきなり笑い出す。
「な……!?」
 自分の所作に自分で驚くサルビア。
 よく見ると、リリィもリモーネも、疲れを隠そうとして気丈に立っているが、その表情からは疲れを隠しきれていない。
 遅れて来たデイジーは2人よりもまだ体力的な余裕はありそうに見える。
 だが、この場にいる者たちの中でも、少なくとも3人はこれ以上ウェーブ放出を行える状態にはないだろう。
 いや。たとえ放出はできても、ウェーブの密度は極端に薄くなるかもしれない。
 この状態でハート・インパクトを撃っても、魔樹の完全浄化を見込めないかもしれない。
 リリィもサルビアも口々に「大丈夫」と叫ぶが、この状態では説得力がない。
 3人の力が万全でないと、ハート・インパクトはきちんとした効果を発揮しない。
 どうすればいいか、悩むピーチ。ようすけはそんなピーチを見上げて。
「ももこ……とりあえず、下に降りようぜ。今なら大丈夫だろ?」
「う、うん」
 地上に降りる、ようすけとピーチ。
 2人はじっと倒れた魔樹を見る。
「大丈夫かな……」
 不安げにぽつりと言うピーチの頭を、ようすけがはたく。
「痛っ! 何すんのよ、ようすけぇっ!」
「弱気になるなよ。さっきのあいつの言葉、聞いてなかったのか? 俺たちじゃないと、ダメだって言ってただろ」
「そうよ! 早く!」
 フリージアの声が飛ぶ。
 ようすけはそっとピーチの後ろに回り、腕を回して抱きしめる。
「な、ももこ……俺とじゃ、ダメか?」
「え……?」
 首だけを振り向かせて、ようすけを見上げるピーチ。
「こんな戦いで俺に出来る事なんて、タカが知れてるかもしれねぇけど……でも、俺はお前の側にいたい。お前の側にいて、お前の力になりたいんだ。柄じゃないかもしれねぇけど、よ」
「ようすけ……」
 ようすけの言葉を聞いて、ピーチの胸の内に、熱いものが沸き上がる。
 とても熱く暖かく。そして安らぐ、そんな想いが。
「お前が苦しむのを見るのはつらいけど……お前が俺の知らないところで戦ってるって事を俺が知らないってのは、もっとつらい」
 ようすけがピーチを抱く手に、ぎゅっと力がこもる。
「お前が苦しいのなら、俺も一緒に苦しみたいんだ。お前が戦うのなら、俺も一緒に戦いたいんだ。……そう願っちゃ、いけないのか?」
「いけない……わけ、ないわ……」
 自分を抱くようすけの手に、そっと自分の手を置くピーチ。
「ごめんね、ようすけ……あたし、間違ってたね……」
 ピーチの脳裏に、以前アフロディーテに言われた言葉が甦る。
『正しきことも、間違ったことも、美しきことも、醜きことも、共にし、それでもなお、正しく美しくある。そのような天使こそが、これからの世界を救えるのです』
 その言葉を心の中で噛み締めながら。
 ピーチはようすけに言う。
「ようすけに出来ること、タカが知れてるなんてこと、ないよ。だって今、ようすけはあたしに力をくれてる。とっても暖かい想いを。とっても優しい愛を。ようすけが側にいてくれれば、ようすけが支えててくれれば、あたしは無限に力を出せる。ようすけが側にいてくれるだけで───」
「ももこ……!」
 ようすけとピーチ。魔樹の方に視線を移す。
 そしてようすけはぽつりと言う。
「な、ももこ。あの時、言ってくれた言葉……もう一度、聞きたい」
「え?」
 目を丸くするももこ。そんな彼女に構わず、ようすけは言葉を続ける。
「たとえ、相手が……」
 このようすけの言葉に。ももこは驚いて。
「ようすけ! ひょっとして、記憶が……」
 ようすけは優しく笑みを浮かべて。
「ああ。まだ、一部分だけしか取り戻せていない、おぼろげな記憶だけどよ……でも、いくつかは戻ってるぜ」
「大丈夫なの?」
 不安げに尋ねるももこ。ようすけは頷きながら。
「大丈夫だよ。それにこの記憶は、俺たちが歩んできた大事な道だぜ? これから取り戻す記憶の中には、辛いことも苦しいことも、時には自分を呪いたくなるような、そんなこともあるかもしれない。けど、大事な事だろ。お前と一緒にいた、お前と共に歩みながらも苦しんできた大事な記憶なんだから。だから俺は、それを全て取り戻して『本当の自分』と向き合う。その覚悟はもうしてる。だから……」
「いい。いいよ、もう。解ったから、何も言わないで、ようすけ」
 ようすけは覚悟を決めた。彼の言葉で、それが痛い程良く解った。
 一度言い出せば。一度覚悟を決めたなら、ようすけがそれを曲げることはない。
 彼にはそんな頑固で一途なところもある。ピーチ、いや、ももこはそれを、よく知っている。
 ならば自分に出来ることは、そんなようすけの心をきちんと支えてあげること。
 それはももこにとってもようすけにとっても、辛いものになるかもしれない。それでも。
『醜いものを知り、悲しみに耐え、それでも優しさを失わずに美しき心を持つ。それが、真の愛天使なのです』
 これもまた、ももこがアフロディーテに言われた言葉。
 ももこはそれを思い起こしながら、ようすけに。
「あなたが覚悟を決めたなら、あたしが言える事なんて無い。どれだけ苦しもうと、2人で耐えきってみせようね」
 ももこの言葉にうなずくようすけ。
 2人できっ、と魔樹を見据える。それぞれの右手どうし、左手どうしを繋ぎ、そしてゆっくりと声に出す。
「たとえ、相手が。種族の違う天使でも」
 ようすけの言葉に、ももこの心が震え、熱き想いが無限に沸き起こる。
「たとえ、相手が悪魔でも」
 ももこの言葉に、ようすけの想いが応え、守ろうとする強き意志がウェーブとなって、心の中を迸る。
『愛し合う心は、ひとつ!』
 叫びと同時に───ようすけとももこ、2人から膨大なウェーブが膨らみ、周囲へと渡っていく。
 それはただ単に『ウェーブ』と言うにはあまりにも鮮烈で強い力。
 あまりにも神々しい、光も闇も超越した、究極の波動。
「これは……!」
 目を丸くするリモーネ。
 フリージアの顔に、静かな笑みが広がる。
「冥界とその仕事に携わる冥天使たちが、研修中に教わる『そは伝説の魂』で始まる、古い言い伝え……」

 病室でオルフェウスの黙示録を読んでいたたくろう。
 台の上にノートを広げ、ペンを片手に何かを書いている。
「愛天使……三つ……束ねる者……四人、四……」
 呟きながら、ぱらぱらぱらとページを開く。
「魂。四つ、八つ、二つの座、システム……」
 要は黙示録に書かれている事象をノートに整理しようとしているのだ。
 その中でまた別の見方や読み取り方があることを期待して。
(ダメだ、全然、手がかりすらもつかめない……)
 なぜこのような書物に、愛天使たちの事が書かれているのか。
 また、たくろうの力を使いこなす手がかりがあるのか。
 それを知りたくて、たくろうはこんな事を続けている。
 だが今の所、何の手がかりも見つけられない。
 ぱらぱらぱらと忙しなくページをめくる音が、病室に響く。
 やがて、ふ、と。たくろうの手が黙示録のとあるページを開いたままで止まる。
 そこには、こう書かれてあった。
『そは伝説の魂。何よりも強き存在の力、モーニング・ナイト。強き想いが生み出す、愛の天使の守護者たち。その力は二つの層、その全てが愛天使の全ての力と交わるとき、未来を紡ぐ神の力が産まれる……』
 そう言えば三途の川で、初めてポピィと相まみえたとき。
 黙示録にあった真言でひなぎくの……デイジーの力を借りた。
 その時にポピィはたくろうの事を「モーニング・ナイト」だと言った。
(あれはこの事なのか……? 僕に、本当にそんな力があるんだろうか───?)

 ウェーブ奔流の中、ももこの姿がファイターモードからウェディング・ドレスへと変化する。
 ようすけの左手からグローブが半透明になり、サッカー部のユニフォームから、モーニング姿へと変わっていく。
 セント・グレネードを構える時のように、ブーケを持った両手を前に突き出すももこ。
 ももこの手を包み込むように、両手をそえるようすけ。
 そして2人で叫ぶ。
『誓いの指輪交換!』
 ももこの手からブーケが。
 ようすけの手からグローブが。
 それぞれ光となってその形を崩す。
 二つの光は中空で混ざり、次の瞬間、ようすけとももこの左手を包み込む。
 光はすぐに収まった。
 ただ、2人の左手薬指に。
 飾り気の無い同じあしらいをした桃の線画が本体に彫られている金の指輪が見える。
 宝玉も台座もない、シンプル・リング───マリッジ・リング。
 指輪はそれぞれ金色の光粒子を放ち2人を包む。
 そしてようすけが力強く叫んだ。
「矢は風を斬り、風の如く疾る!」
 ようすけの手に、半透明のトライハート・アーチェリーが握られる。
 ももこも叫ぶ。
「弓は矢に風の力を与え、帰る場となり矢を受ける!」
 ももこの手にも、半透明のセント・グレネードが浮かぶ。
 そして2人は唱和する。
『クリスタル・ハート・ボウガン!』
 力ある唱和と共に2人を包み込むように吹きすさぶ風。
 2人はグレネードの銃口にアーチェリーを重ねる。
 するとグレネードとアーチェリーが光に包まれ、2つの力が融和し、1つの力に変わる。
 次の瞬間、2人の手に握られたのは、1挺のボウガン。
 同時に2人の後ろにあるエンブレムがふっとかき消え、ボウガンの上に金色・銀色・鉛色、3本の矢が乗る。
 ゆっくりとボウガンの銃身を上げる2人。ボウガンの狙いが魔樹にポイントされる。
『ピューリファイド・マーキング・シュート!』
 金色の矢と銀色の矢がボウガンから放たれる。それは2方向にその進路を分けて飛んでいった。
 矢はそれぞれ大きく弧を描き、魔樹を取り囲むような軌道を成しながら、魔樹の横を通り過ぎる。
「バカな、せっかくの新技が……失敗か!?」
 叫ぶリモーネ。だが、フリージアは余裕の表情で叫ぶ。
「いいえ、まだよ! まだ、終わっていない!」
 そう。まだ終わってはいなかった。魔樹の横を通り過ぎた矢は、その後ろでさらに大きな弧を描き、魔樹の後ろの地面へと突き刺さる。
「当たっていませんわ。やはり……」
 落胆に似た表情でリリィが言った瞬間、ようすけとももこの最大の唱和が響いた。
『浄化!』
 瞬間───矢が通り過ぎた軌道が輝く。
 上空から見れば、魔樹を取り囲むハートの形を確認することができるだろう。
 そしてハートに囲まれたエリアが、一瞬だけ目も開けていられないほどの、眩い光に包まれる。
 光が収まった時───魔樹は消えていた。悲鳴すらもなく。
 周囲に光の粒子が舞い散り、魔樹に取り込まれた人々が樹に取り込まれる前にいた位置に気絶した状態で戻る。
 また魔樹によって破壊されていた建物や道も元通りになっていく。
 リモーネはハッとして言う。
「そうか、これは広域浄化の技!」
「す、すげぇぜ! 2人の力がここまでになるなんて!」
 新技の効果に驚くデイジー。
「モーニング・ナイトと愛天使……2人の紡ぐ魂の力は『神たる存在』の力に匹敵する……まさか、ここまでとは」
 フリージアは笑みを浮かべて静かに言うと、さらに上へと昇る。
「ま、待て、フリージア!」
 フリージアの仕草に気付き、声を上げるサルビア。
 だが、フリージアはにっこり笑って。
「ごめんねサルビア。行かなくてはならないの。でも、きっと、また会えるよ」
 そう言うと、空に小さなきらめきを残して消える。
「フリージア……」
 空をじっと眺めるサルビア。気がつけば陽も落ちて暗き空に星々が煌めいていた。
 だが、それでは済まない人物が一人。
 デイジーである。
 フリージアが去ったことに気付くと、大慌てでサルビアの前に出て叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て! きれいにまとめるなっ! お前、あいつと同じ冥天使だろっ! 俺を岩城市に……たくろうのとこに戻せっ! おい、こらーっ!」
 必死のデイジーだが返事は帰ってこない。
 寒い風が一陣だけ、ひゅうと夜空に拭く。
 デイジーはジト汗を流しながら、顔色を青くする。
「あのヤロ……やっぱり最初からこれが狙いか!」
 デイジーを遠くに離し、そのあいだにポピィがたくろうの魂を刈り取る。
 助けを求めながら悲鳴を上げ、抵抗も空しく死神の鎌で切り刻まれるたくろうの姿。
 そんな光景がデイジーの脳裏に浮かぶ。
「くそっ……たくろうっ!」
 叫ぶとデイジーは『天使の羽』を開き、上空へと舞い上がる。
「デイジー!」
 呼びかけるピーチ。だが答える余裕なんて無い。
「戦った後の体力で、岩城市まで飛ぶなんて、無茶ですわ!」
 ピーチの後に続くリリィの叫び。デイジーもそれは解っているが、なりふり構っていられない。
 宙でくるりと身を翻して。
「それでもやるしかないんだよ! 早くしないとたくろうが……たくろうが、冥天使に連れてかれちまうっ!」
 叫ぶと超高速で一気に岩城市の方向へ飛んでいく。
 デイジーを見送りながら、サルビアはぽつりと行った。
「冥天使に連れて行かれる……つまり、冥界に魂を引きずり込まれる。有り体に言えば、殺されるという事だが、まさかそんな」
「えーっ! 大変!」
 驚くピーチ。
「それでは、早く助けに行かなくては! 冥天使のあの力では……! デイジーも危ないと言うことになりますわ!」
 判断を下して飛ぼうとするリリィ。だが、その肩をリモーネが後ろから押し留める。
「待つんだ、諸君」
「リモーネ様!」
 リリィは振り向いて。
「しかし、このままではたくろう君が!」
 叫ぶが、リモーネは首を横に振りながら。
「いや……ここは静観せねばならない。それに冥天使も、いきなり魂を無理矢理刈り取ると言う無茶はしないはずだ」
「なぜ、そんな事が言い切れる。確かにフリージアはそんな無茶はしないだろうが、さっきのデイジーの口振りでは、他にも冥天使がいるように見受けられたぞ? 冥天使は我々とは違い、愛を知らない非情な死の天使と言うではないか! それに、フリージアがそんな連中の仲間に墜ちるだなんて! 何としても救ってやらねば!」
 叫ぶサルビアだが、リモーネは悲しそうに首を振って。
「サルビア。その認識は、間違っている。冥天使は……詳しいことは言えないが、そのような───一般的に天使界で言われているような存在では、絶対にない」
「そんな! 納得できません! 一体、どうしてそこまで冥天使をかばわれるのです!」
 さらにリモーネに噛みつくリリィ。リモーネは辛い表情で続ける。
「それは……言えない。私がこれ以上、冥天使たちについて君たちに語ることは、本来、許されていないのだ」
「なぜです! それにセレーソ様が私たちに施して下さったリンクを壊したのも冥天使だと口走りましたわね……悪魔族を浄化できないばかりか、下手をすれば誰かが命を落としかけるところでしたのよ!? それなのに!」
 リリィはリモーネにきつい口調で詰め寄るが、リモーネは困ったような表情で。
「すまない、愛天使たちよ。だが、ここは堪えてくれ。ただ、この一件に関わる冥天使が、もしも私の知る者ならば……ポピィならば、絶対にたくろう君にもデイジーにも危害は無いはずだ。逆に私たちが下手に関われば、たくろう君たちに余計な被害が出る可能性がある」
 するとリリィ。瞳を細めて尋ねる。
「リモーネ様……一体、その冥天使と、どういう……」
 するとリモーネ。懐かしく遠くを見るように、空を見上げて。
「彼女は私がまだ戦士として未熟だった頃の師であり友だった。セレーソとも親友同士でね。誰よりも強く、そして優しい天使だったよ……」
 呟く声音にもまた、遙かな憧憬が見え隠れしていた。

                            <To Be Continued.....!>

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<ふりぃ・とぉく>

きやま「ってなワケでフォロー・コーナーをさくさく始めましょう!」
あさぎ「……イヤにやる気ですね。何か悪いモノでも食べました?」
きやま「いや。悟ったのさ……どれだけ平身低頭しても、結局は自己満足。パフォーマンスにしかヒトは見てくれないかもしれないと」
あさぎ「うぁ、また前向きに見えてエラく後ろ向きな」
きやま「ほっ……とけ! んぢゃ、さっくさっくいきましょー!」
あさぎ「まぁ、やる気があるコトはいいコトだと思いますけど」
ひなげし「だんだんと外道街道一直線だよね……。絶対、いつか刺されるよ?」
あさぎ「うぁ! 先輩! いつの間に!」
ひなげし「いや、そろそろトークを始めると聞いてね。ボクがいないと、どんな話をされるか解んないから」
あさぎ(心の声)「あ〜。前(第2話)のふりぃ・とぉくのコトまだ根に持ってる……」
ひなげし「何か思った?」
あさぎ「いえ、なんにもっ!」
きやま「さてさて、冥天使漫才は無視して、今回のフォローをスタートします!」
ひなげし「もう無視かい! やっぱり、切り刻んで」

 どこからか鎌を取り出すひなげし。慌てて止めるあさぎ。

あさぎ「わー! ヤメてください、先輩! いきなりふりぃ・とぉく終わらせないでーっ!」
ひなげし「わかってるって。冗談だから」

 ひなげし、鎌を収める。木山、後頭部にジト汗を流しながら、進行させようと空元気。

きやま「と、ゆーワケで前回語りそこねたサンライザーの続き……」
ひなげし「の前にツッコミ所満載の1995年近辺のアニメネタが無いかな?」
きやま「ぐはぁっ!」

 唐突に血を吐いて倒れる木山。冷ややかな目で見つめる冥天使2人。やがて木山は起き上がりながら。

きやま「そ、それは……」
あさぎ「あぁ、そういえばありましたね。『月◎の騎士(せらむんR初期)』みたく『鬼な☆帥(ふし遊原作第2部ラス近く)』ってカンジのキャラ!」
きやま「がふあぁぁぁっ!」

 木山、再ダメージ。冥天使2人の反応、変わらず。

ひなげし「だいたいさー。安直過ぎるよね。似たキャラ出すんなら、もうちょっとヒネリ欲しいよね」
あさぎ「名前にもヒネリがありませんよね。何ですか?マリオネット(人形)だから『マリオン』って」
ひなげし「まぁ、素人同然の同人作家に、ソコまで求めるのもムリかな」
あさぎ「影響、受けやすいヒトですしねー。ショック受けてるってコトは確信犯ではないつもりなんだろーけど」

 木山、蒼い顔で必死にゆっくり起き上がりながら。

きやま「お、お前ら……」
ひなげし&あさぎ『何か問題でも?』
きやま「くっ! 普段はソレほど仲がいいワケでもないクセに、ここぞとばかりにユニゾンかけやがって……!」
あさぎ「だってー。そうじゃないですか、ヴィー・マリオン」
ひなげし「いわゆる『封印されて圧迫した精神の抜き出し』が『月◎の騎士』だし『人形に入れられて敵対する』ってのが『鬼な☆帥』だから……工夫も何も無いよね。唯一の工夫が、2つのキャラを融合させたような設定ってトコだし」
あさぎ「安易ですねー」
きやま「(涙流しながら)うぐぐ……! 悪かったな、悪かったなあぁっ! ピーチDXの設定を活かす為にぜひ欲しかったんだよ! そーゆーキャラが!」
ひなげし「(哀れむように)うんうん、解ってるよ。つまり、非難も覚悟でピーチのお決まり『記憶を消される男ども』にツッコミを入れたかった、と」
きやま「(胸を張って)そのとーりだ!」
ひなげし「(鎌を出して)いばるな!」

 がすっ!ぼこっ!ざくっ!(木山がひなげしにボコボコにされる音)
 ………ちーん。(倒れる木山に対して、どこからか鳴るお鈴)

あさぎ「あーあ。雉も鳴かずば撃たれまい……。止める間もなく、ものの見事に。こりゃ、しばらく復活はムリね。でも、どうするんですか先輩? 以降の司会進行。やっぱり、このまま終わっちゃうんですか?」
ひなげし「任せなよ。ボクに手落ちは無い!」

 言いながら、倒れている木山の懐をごそごそとやるひなげし。
 やがてソコからメモ帳を取り出す。

ひなげし「ほーら、やっぱり。ふりぃ・とぉく用のネタ帳、キチンと仕込んでると思ったんだ」
あさぎ「それじゃ、ソレに書かれている内容に沿ってトークすれば」
ひなげし「そう! 問題なんて起こらないよ!」
あさぎ「じゃ、先輩! さっそく」
ひなげし「オッケー。ではでは……(パラパラとメモをめくりながら)先ほどのヴィー・マリオン。さっき木山さんが開き直った通りのキャラです」
あさぎ「う〜ん。ある意味では思い切ったキャラと言えなくも無いですね。でも、ソレでようすけ君が目覚める、と」
ひなげし「そうそう。木山さん的には『ひなたくばっかでなく、ピーチたちもフォローしないと』的な意識があったみたいだね」
あさぎ「それで、例のツッコミですか。そして……出ました『マイスター』!」
ひなげし「……ボクら冥天使最大の難敵! かねてより『死』の無い世界を目論む者!」
あさぎ「破壊神『オルフェウス』に仕え、今在る『天使界・人間界・悪魔界・冥界・神界』などの多重層から成る相互干渉を及ぼす平行世界を滅ぼし、そして全世界の再構築をする……ソレがヤツの狙いです」
ひなげし「冥界はヤツに対抗するため、天使界と悪魔界の戦いで命を落とした天使や悪魔の魂の中で、より強い『魂の力』を持つ者たちを集め、対策を講じてきました」
あさぎ「その専門部署が私の所属する『対策室』です。そのトップである『長官』はなんと……!」
ひなげし「はい、そこまで。でも実はすでに長官は物語中に出てきていますので、カンのいいヒトは解ると思います」
あさぎ「……ちぇ〜っ。だけど、驚きましたね。まさか、レインデビラの一件が……」
ひなげし「あさぎ。キミ、本編中のアレを本気で信じてるの?」
あさぎ「えっ! 違うんですか?」
ひなげし「う〜ん……正直、真偽のほどは解んないんだけど……。どちらにしても、アレは『マイスター』が愛天使たちの精神を乱すためにホザいた事だから……。実際に嘘かどうかなんてボクらにも愛天使たちにも、レインデビラ本人すらも確かめようがないんだよね」
あさぎ「でも辻褄は、ある程度あってるような気がするんですけど?」
ひなげし「まぁ、アレがタダのハッタリかどうかは物語を読んでくれている皆様にお任せだね。ハッタリと切り捨ててくれてもいいし『そうだったのか!』と肯定してショックを受けてくれても、それはそれでオッケー。愛天使たちは……信じちゃったかな? あの反応だと」
あさぎ「先輩、無責任です。木山さんのメモで、彼が乗り移りましたか?」
ひなげし「コワいコトを言わないで。栄えある冥天使が乗り移られるだなんて……!あるワケないだろ!」
あさぎ「冗談ですよぅ。でも、ホントにそうだとすると、愛天使たちの今までの戦いは、もっと大きな戦いの一端に過ぎないってコトになりますよ?」
ひなげし「この世のあらゆる事象は『世界』というモノを構築する一端に過ぎないよ」
あさぎ「そりゃ、そうですが」
ひなげし「どーせ、DX出た時点で『じゃあ、今までの戦いって何だったの?』的な向きもあるワケだし……気にしちゃダメだって」
あさぎ「はぁ。まぁ、いいですけど。で、ピーチとようすけくんで新技ですね」
ひなげし「やっぱり、ツッコミどころは満載だよね」
あさぎ「放っといてあげましょうよ。某エプロンですよ。リーダーの言葉っぽく」
ひなげし「……『Love is OK!』って……? そりゃ、この作品の基本形ではあるけどね」
あさぎ「一応、結婚式内イベントモチーフでまとめてみたって、木山さん言ってましたけど」
ひなげし「うん、ネタ帳にも書いてある。(ちらりと見ながら)指輪交換とセント・グレネードがモチーフだって。それともう一つ」
あさぎ「なんですか?」
ひなげし「やっぱり『矢』が欲しかったんだってさ。ほら。天使の矢」
あさぎ「あぁ、クピド(キューピッド)の矢」
ひなげし「そーそー。ギリシャ神話で愛憎を司ると言われるエロースの矢」
あさぎ「ピーチが天使としての『愛』を、ようすけが悪魔としての『憎』を、二つの力を掛け合わせることで、更なる効果を……ですか?」
ひなげし「そうそう。ソレが基本コンセプト。それで、様々な効果を考えていったって言うけどね」
あさぎ「う〜ん。でも、セント・グレネードの延長線にも見えますけど」
ひなげし「しょうがないんじゃない? 木山さんだから」
あさぎ「そうですね」
ひなげし「そして、次。キミの正体がバレる、と。でも、アニメ本体のキミと冥天使としてのキミじゃあ、だいぶ性格が違うよね」
あさぎ「そりゃあ、変わりますよぅ。だって、もう清純なオトメじゃないですもん(ぽっ)」
ひなげし「冥天使になる前、一度、転生してるもんね」
あさぎ「はい。ちゃんと人間に転生して、結婚して子どもを生んで、途中までだったけど育てて……大変でした」
ひなげし「でも、冥界からの使命を帯びての転生だったんだろ? そして、その中で『マイスター』に対抗するために……」
あさぎ「もちろん! きちんと遺してきました! 私の夫がご先祖様の研究から開発したWASシステム。サンライザーのアーマード・システムを!」
ひなげし「出たねー。いわゆる『人間が天使や悪魔のマネをするためのシステム』が」
あさぎ「ヒドいですね。せめて『赤ちゃんの歩行器』みたいな『霊的特訓ギブス』と言ってください」
ひなげし「でも、完全じゃないだろ?」
あさぎ「はい。ソコが心残りです。でも、そうしないと……あたしの狙いは果たせません。なんと言っても『あの子』に『あの子』を何とかして託さないと。母親として親友として、なんとかあの2人には幸せになって欲しいですっ!」
ひなげし「その部分はコレからの話でもっともっと出てきます」
あさぎ「ちなみにあたしの天使名が『フリージア』なのに『あさぎ』なのは、色から。『浅い黄色』の『浅黄』であって決して『浅葱』ではありませんよ」
ひなげし「『浅葱』だと『薄い水色』になるもんねー。新撰組で有名な」
あさぎ「うっ……するいです、先輩。気にしてるのに。ついでに言うと、あたしの人間時代の本名は『アサギ・ウタベ・バトラー』となっちゃいます」
ひなげし「……『バトラー』って……」
あさぎ「さてさて。その辺の謎も含みつつ、次の第4話でお会いしましょう」
ひなげし「木山さんのメモによると……第4話で一応『ひなたく編』は一段落ついて、次は『ディーン編』となるっぽいね?」
あさぎ「木山さんのコトですから、何時になるかわからないですけどねー。いつも『予定は未定』とかほざいてるヒトだし」
ひなげし「ま、気長に待ってやってください。ついでにカミソリとか、そーゆーのはナシにしてあげて下さいね。本人、ソートー気にするタイプですから」
あさぎ「それでは、また!」
ひなげし「次のモーニング・ナイトでお会いしましょ〜〜っ!」

 その場から撤退する冥天使2人。
 倒れている木山だけが残されて―――幕。
 場にはカラッ風だけが吹きすさぶ。

                      <ふりぃ・とぉく  お・わ・り>


 Syuuhei Kiyama /Apr. 7 2006